アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
嵐の前の静けさ
-
それは付き合って半年の出来事だった。
瞬はいつものようにお菓子の本を読んでいた。
最初は言葉も通じなかった瞬だが、ハイドに教えてもらい読み書きが出来るようになっていた。
今じゃこの世界が故郷のようなものだった。
机に山積みされた本の上に置いてあった料理本を手に取る。
お菓子だけじゃなく、料理もハイドに振る舞えたらと思い嬉しそうに笑う。
机には大事に枯らさないように育てたベコニアの花が咲いていた。
瞬もいつかハイドみたいにカッコよく花を渡して気持ちを伝えたかったが、花言葉の本は何処にも売ってなかった。
ハイドに聞けば早いだろうがなんかそれじゃあカッコ悪いから嫌だった。
瞬だって男だ、好きな人にカッコつけたいのは当たり前だ。
ハイドは何処で花言葉を知ったのか知りたくなり、料理本を閉じる。
するとタイミングよく部屋のドアがノックされた。
瞬は椅子から降りて扉を開けると見知った顔があった。
「やっほー瞬様」
「…その、瞬様ってやめて下さい…リチャードさん」
金髪に腰まで長い髪を一つにまとめているイタズラっぽい笑みで片手を上げて挨拶する軍服姿の彼はリチャード・ヴァーンさん。
騎士団副団長でハイドの幼馴染み。
よく瞬を弟のように可愛がってくれて兄貴肌の青年だ。
瞬とハイドの一番の理解者と思っていいほど信頼出来る相手だ。
部屋に招くとリチャードさんはすぐに顔を険しくする。
「瞬様、まだこの部屋にいるの?」
「え、はい…俺の部屋ですから」
ー瞬様ー呼びはどうしても直してくれそうになかった。
瞬の部屋は屋根裏の少々埃っぽい部屋だった。
これでも掃除をした方だ、頑固すぎる汚れが多くて綺麗とはお世辞でも言えないが…
本当はハイドが部屋を用意してくれたが広すぎて落ち着かず屋根裏部屋が一番居心地いいとハイドに訴えた。
最初はハイドも渋い顔をしていたが、瞬の真剣な顔に折れてくれた。
今ではとても気に入っているがハイドとリチャードはまだ気に入らないようだった。
小姑のように料理本が並ぶ棚を指で撫でて埃を払った。
「…早くハイドと同じ部屋に住みなよ」
「えっ!?ダメですよ、いくら恋人だからって」
同じ部屋という事は同棲という事だ。
帝国一の英雄様とただの平民なんて恐れ多い。
瞬は慌ててリチャードに自分がいかに平民でこの部屋が似合ってるか熱弁した。
リチャードは瞬の熱弁を聞いてるのか聞いていないのか適当に相槌(あいずち)をうち、不敵な笑みを見せた。
「だからさぁ、早くハイドと結婚してよ瞬様」
「…けっ、こん」
ボッと頬が一気に真っ赤になった。
リチャードはニヤニヤしながら壁に寄りかかり瞬を見る。
この世界は同性婚する人達も珍しくない、だから瞬とハイドが結婚しても問題はないが…気持ちの問題だ。
…恋人同士だけどハイドは瞬と結婚したいのだろうか。
勿論瞬はハイドがいいなら喜んで結婚する。
けど、初恋相手がハイドというほどの恋愛経験がハイド以外にいない瞬は恋に臆病だった。
ハイドがしたくないなら、今のままで十分幸せだからいいと思っている。
…もし、結婚を申し込み断られたらと思うと怖かった。
「俺は、無理にしなくてもいいと思ってるんです…ハイドさんも忙しいだろうし」
「…あー、ったく…アイツが早く決めないから瞬様ネガティヴになってんじゃん」
リチャードがなにかイライラしていたが内容がよく分からず首を傾げた。
そして突然瞬を抱きしめる。
瞬はびっくりして固まるとリチャードは何処を見るでもなく遠くを見つめて叫んだ。
「お前がグズグズしてるなら俺がもらっちゃうよー」
「誰に言ってるんだ?リチャード」
リチャードの言ってる意味が分からず首を傾げていたら第三者の声が聞こえた。
透き通る低音の声を聞くだけで胸が高鳴る。
瞬は扉の方に顔を向ける前にリチャードが瞬から離れていった。
…というかリチャードの肩を掴み瞬と引き剥がし胸ぐらを掴み壁に押さえつけていた。
その衝撃で埃がリチャードに被る。
「げほっ、げほっ、意外と早かったな…軍事会議は終わったのか?」
「…あぁ、お前は副隊長だよな…何故ここにいる?答えによっては許さない」
「ぐっぐびがっ、じまるぅぅ!!!」
リチャードの首を締めながらハイドは睨んでいた。
リチャードが此処に来た理由は分からないがさっきのは誤解だとハイドの服をちょんちょんと引っ張る。
ハイドはこちらを見てさっきの怖い顔なんて幻だったのかと思わせるほどの美しい笑みを向けていた。
「瞬、待っていてくれ…コイツを始末してから一緒にお茶にしよう」
「ちょっ!!英雄様!?何言ってんの!!」
「……うるさい」
ハイドはまたリチャードを睨み緩んでいた指に力を入れて再び首を絞める。
リチャードの顔が青くなってしまい、このままじゃ本当に死んでしまうと思いハイドの手を包み込んだ。
すると、あっさりリチャードを解放した。
いつもの事だがなんか嬉しくなり手を握り合う。
リチャードはズルズルと床に座り咳き込んでいた。
「…どうした?瞬」
「リチャードさんは悪くないよ、俺がこの部屋にいるのを心配してくれただけだから」
ーいい部屋なのにーと最後に言うとハイドは苦笑いした。
二人のイチャイチャを間近で見せつけられたリチャードは冗談で瞬に抱きつくものじゃないなと思った。
ハイドはリチャードを見て念押しで睨む。
「…リチャード、今度やったら」
「はいはいごめんなさい!二人でごゆっくり!」
恋人のいないリチャードにとって嫌味にしか見えないのか大股で歩き部屋を出てしまった。
リチャードはああ言うが瞬達を必死に結婚させようと思ってる気持ちがよく分かる。
リチャードもお茶に誘ってはどうだろうかとハイドを見上げた。
「んっ、んぅ…」
「…っは」
突然ハイドの美しい顔が近付いたと思ったら息が出来ないほどの口付けをする。
足がガクガクしてハイドにもたれかかると優しく抱きしめてくれた。
ハイドから与えられる全てが愛おしいと思っている瞬だが、一番好きなのは口付けだった。
ハイドもそれが分かっているのか、体を重ねる時に瞬の体にキスの雨を降らせる。
くすぐったいと微笑む瞬が愛しかった。
ハイドに優しく頬を包まれて今度は優しいキスをした。
首筋に顔を埋めてチュッチュッと音を立てた。
それがくすぐったくて笑うとヌルっとした感触がしてピクッと感じた。
「…ハイド、さん」
「もう少し待ってくれ、もう少ししたらお前を…」
ハイドの言ってる意味が分からなかったが頭を撫でられて頷いた。
もう少ししたら、意味も分かるだろうと考えた。
瞬はハイドの首に腕を回して抱きしめた。
…大好きで大切な貴方との生活、それが壊れるなんて瞬とハイドは気付いていなかった。
ーーー
「本当に馬鹿だよね、君」
「…?」
お菓子作りに厨房を借りて料理をしていたある日の事。
今日は甘くないサクランボみたいなールルの実ーを使ったカップケーキを作ろうとしていたら、突然厨房に誰かが現れた。
いつもはいいニオイに誘われて来る人がいてカップケーキをお裾分けするが、まだ小麦粉を混ぜてる段階だからニオイに誘われたわけではなさそうだ。
現れたのは可愛らしい少女のような顔の少年だった。
確か見習い騎士のイブだ。
ハイドに憧れて入ったといろんな人に言っていたのが印象的だった。
イブは瞬が気に入らないのかいつも瞬に突っかかり瞬を困らせていた。
でも瞬は嫌いになれなかった、自分が作った事を言わずにイブに食べさせたいとリチャードにカップケーキを渡してイブに食べさせた時があった。
その時のイブの顔とー美味しいーと呟く素直な心に瞬はイブが何を言おうとも嫌いになれなかった。
後に瞬が作った事がバレて殴り込みに来たけど…
今日は何しに来たのだろうかとルルの実をすり潰しながらイブを見る。
イブはいつもみたいないたずらっ子のような悪い顔じゃなく、なんか元気がない印象だった。
「何にも知らないなんて本当に幸せものだよね、結婚するって言うのに…」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
3 / 8