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久保田が他の生徒の相談を受けてると知ったのは、ある雨の日のことだった。
野球部に限らず、サッカー部やラグビー部なんかでも、雨でグラウンドが使えねぇ日は、校舎や体育館、渡り廊下なんかを利用して体力作りに励む。
階段の上り下り、渡り廊下での素振り、専門棟の廊下でリレーしたりもする。会議室が空いてれば、長テーブルを片付けてそれなりの練習ができる。
この辺の手配は顧問である久保田の仕事らしーけど、さすが元球児だけに、練習場所の確保はそれなりに上手かった。
その日も長テーブルを片付けた会議室で、タッチプレイの練習をしてた。
スライディングしてくるランナーに対して、どこに立つか、とか。また逆に、どうやって野手を躱してベースを狙うか、とか。エースを自負するオレにとってもかなり大事な練習で気合が入る。
久保田がいねーのは残念だったけど、監督と違って顧問はいつもいつもいるって訳じゃねーし。練習に熱中してれば、気になんなかった。
ひとしきり練習を終え、トイレ休憩に入った後も、頭の中はさっきまでの練習のことでいっぱいだった。
脳内でシミュレーションを繰り返し、教わったことを忘れねぇよう反復しながら、ぼうっと歩いてトイレに向かう。
男子トイレは、生徒指導室を通り過ぎた向こうで――。
目の前のドアが内側に開き、ふと目を向けたそこに久保田がいて、あっ、と思った。
「大丈夫。先生はキミの味方だよ」
聞き慣れた穏やかな声で、見覚えのある女子生徒に笑みを向ける久保田。名前は知らねーけど、同じクラスの女子だったのは確かで、その瞬間ドキッとした。
「せんせぇ……」
クラスの女子が情けねぇ声で久保田を呼び、ぽろっと涙をこぼしながら、ヤツの胸に縋り付く。
「うわ……」と焦る久保田。
そのまま廊下には出て来ずに、今開けたばっかのドアを閉じようとして、そして、ふと顔を上げた。
立ち竦むオレに気付き、その目が見開かれる。
薄い唇がわずかに開いたけど、結局何か言われることもなくて。女子がオレらに気付くこともなくて。
……見てられたのは、そこまでだった。
ダッと廊下を駆け、生徒指導室の前を通り過ぎて、すぐ向こうの男子トイレに走り込む。
そこには先に来てた野球部員が数人いて、わいわい賑やかに喋ってた。
「隼人、ダッシュして来んなよ」
笑いながら誰かにそう言われたけど、構ってる余裕もねぇ。
黙ったまま個室に入ってドアを閉めると、また更に笑い声が上がったけど、それを気にする余裕もなかった。
くそっ、と思う。
今更のようにムカムカが湧き上がったけど、こんなトイレの個室じゃ、どこにもそれをぶつけられねぇ。
久保田はうちのクラスの担任で、野球部の顧問。抱える生徒はオレだけじゃねーし、教師としてオレ1人だけに親身って訳でもねぇ。分かってたハズなのに、分かってなかったみてーだ。
恋人が、他の生徒に構ってんの見ても、文句も言えねぇ。
いや、そもそも恋人だと思ってんのはオレだけで――久保田は自分の生徒に脅され、無理矢理関係を持たされてる、哀れな被害者に過ぎなかった。
「永井ィ、練習再開するぞー」
「監督には、籠ってるっつっとくぞー」
そんな声と共に他の野球部員がいなくなり、ため息をつきつつオレも個室の外に出る。
改めて用を足してから手を洗い、ふと顔を上げると、鏡には何とも言えねぇ顔したオレが映ってて、らしくねーなと苦笑した。
気に入らねーなら、気に入らねーって言うべきだ。
文句言う資格がどうとか、元から意味がねぇ。
欲しいなら奪えばいい。っつーか、最初から奪って始めた関係だった。そんで、その関係を終わらしてやるつもりは毛頭ねぇ。
自分が誰のモノなのか、体に教え込むまでだ。
鏡に映る自分を見据え、ニヤリと笑う。その笑みは我ながら暗く歪んでて、これでこそオレだと思った。
男子トイレから出て、会議室に向かう頃には、生徒指導室の明かりは消えてて、「空」のプレートがかかってた。
どうやらあの図々しい女子と、そう長く籠ってた訳じゃねーらしい。
まだ中に2人でいるようなら、ドア蹴りつけてやってもよかったけど、もういねーなら仕方ねぇ。
今頃、久保田はどこにいるんだろう? 職員室? それともそろそろ野球部に顔を出すべく、ジャージに着替える頃だろうか?
顔を出したら、どうしてやろう?
あれこれ考えながら会議室に戻り、監督の指導の元、再び練習に参加する。
決してないがしろにしてた訳じゃねーけど、今度は久保田のことを忘れる程には、練習に没頭できなかった。
午後練を終えて帰る頃には、雨はかなり小降りに変わってた。
久保田は最後にちょろっと顔を出し、会議室の戸締りだけを確認した。それは顧問としては普通だし、別に珍しいことじゃなかったけど、オレの方を時々ちらちら見てたから、多少の疾しさはあんのかも知れねぇ。
「明日もグラウンドは使えねぇなぁ」
「ぐちゃぐちゃだろうねぇ」
そんな部員たちの会話を聞きながら、狭い部室で手早く着替える。
練習着をエナメルバッグにしまいながら、ついでのようにケータイを取り出し、部室の外にいる久保田に短いメールを打った。
――10時に校門の前で――
わずかなタイムラグの後、びくっとした久保田が、スラックスから自分のケータイを取り出す。
監督の前で、そのメールを読んだりはしなかったけど、読まなくてもオレからのメールだってのは分かったんだろう。
久保田の肩がまたビクッと大きく震えて、窓からそれを眺めながら、笑いを我慢すんのに苦労した。
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