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0.プロローグ
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生まれて初めて、甘い物が食べたいと思えた。
それは、ある一冊の雑誌に大きく写る真っ赤なタルトを見てそう思った。
陣内陽二(ジンナイ ヨウジ)は、母親が作ったショートケーキを食べた時に腹痛に悩まされ、それがきっかけで甘い物が食べれなくなってしまい、甘い物には無縁だった。
けれど、一口程度のチョコレートさえも口にしなかった陽二だったが、その赤いタルトを見た瞬間、『食べたい』と思えた。
「哀原桃李か……」
哀原桃李(アイハラ トウリ)年齢25歳。
真っ赤なタルトの横に記されたプロフィールを見て、このタルトを作ったのが男だと知る。
そして、次をめくり、その男の写真が大きく載っていた。
(んっ……?)
その哀原桃李の顔を見た瞬間、陽二は心にビビっと来るものがあり、自身の胸を咄嗟に押さえた。
「なっ、なんだ…これ……」
自分でも分からない感情。
その生まれて初めての感情に、戸惑いと焦りを感じる。
けれど、それは嫌な物ではない。
「顔あちぃ……」
徐々に増していく顔の熱さと、動悸。
なんだ、なんだと頭を巡って行くと、この間、弟が話していた事と似ている事に気が付いた。
『俺……アイツの事考えると胸が苦しくて、心拍数は速いし、顔も熱くなって真っ赤になるんだ……これって恋かな』
その言葉を聞いた時、その時は『そうなんじゃねーの』と軽く答えたが、実際は恋愛なんて今まで考えた事も、した事もない陽二にとってはどうでもよく、軽い気持ちでそう答えた。
けれど今、それと似た現象が自分にも起きている。
すなわち、これは……。
「恋……?」
まさか雑誌に写る人間に恋をするとは思ってもいない陽二は、すぐに雑誌をパタンっと閉じて視線を愛犬のちぃに向ける。
けれど、桃李の顔がチラついてまた雑誌に手が伸びて開いてしまう。
「店の名前はベルンって言うのか……」
店の名前を見て、すぐに何処にあるのかを確認してしまう。
すると、その場所は家から近い事に気付いてしまった。
「徒歩10分もしないじゃん…」
徒歩10分もしない距離にこの人がいる。
そう思うと、いてもたってもいられないが、まだ、この気持ちに戸惑いもある陽二はまだ行く事ができないと自身を止めた。
「男に恋とか……ねーだろ」
男が男に恋をする。
そんな事、今まで考えた事もなかった。
でも、今はそれもありだと思っている自分がいる。
「男でこんな綺麗な顔してんのって反則じゃね……?」
なんて言って一人で笑う。
そんな陽二を、ちぃは尻尾を振って見ている。
「ちぃ、今日は雨が降ってるから散歩は無理だぞ」
外は雨。
だから、行けない。行かない。
そう思う事で、少しは高まる気持ちを落ち着かせる事にして、陽二は桃李に抱いた感情をこの時は抑えたのだった。
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