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避らぬ別れ。
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…目の前にはこの世で1番愛している之人の顔があった。
俺に向けられた之人の悲しそうな顔が酷く胸に刺さる。
幸せだった日々はあっという間に過ぎてしまった。
何十年という月日を之人と共に過ごしてきた。
だがそれも もう終わりを告げようとしているのだ。
俺は布団から出ることができなくなっていた。
医者からは、癌だろうと言われもう先は長くないと宣告された。
俺は、もうあまり自由の効かない手で之人の手を
握りしめて言った。
「なぁ、之人。 俺、お前に言いたいことがあるんだ。聞いてくれるか…?」
「…なに? 征次郎さん。 改まってどうしたの?」
「…あぁ。 俺は… 大学で初めて之人に逢ってから、両親に逆らってまでお前を手に入れた。
だが、そんな人生に後悔なんて全くしてないんだ。 お前に逢えたことが俺の中では1番の幸せだった。 俺の人生は、親のためにあるようなものだった。親の期待に応えるためだけに生かされているような毎日だったんだ。
だが、之人。 お前がそれを変えてくれた。
お前は、俺が初めて自ら手に入れたいと願った人なんだ。
俺はお前を幸せにできただろうか…。」
そう問いかけると、之人の目からは大粒の涙がこぼれた。
「……幸せだったに決まってるでしょ? 何十年という月日を一緒に過ごしてきたんだから…
幸せじゃない…わけないよ。
俺だって、征次郎さんに逢えてよかったって思ってる。 大学だって田舎の小さな町から出てきて偶然、征次郎さんに出逢えてさ。 最初、女性だって勘違いされた時は驚いたけど…。
声かけてくれてとっても…嬉しかったんだよ?
俺を選んで…くれてっ、本当にっ…ありがとう。
…ねぇ、なんで急にこんな雰囲気になっちゃったのかな? なんだか… お別れみたいじゃないか。
やめてよ…。 征次郎さん。ずっと一緒にいてよ…。」
之人が、布団に横たわる俺をそっと抱きしめた。
俺は力の入らない腕を伸ばし之人を包んだ。
「…之人。 俺は、お前を置いていかなければならなくなりそうだ。 すまない…。
もっと、もっと之人と一緒に居たかったが…
どうやらそれも、無理そうだ。 俺はずっと向こうでお前のことを見守っているよ。
なぁ、之人。 約束しよう。
…俺は、お前を離さない。 来世でもお前に逢いに行く。 必ずだ。
だから俺を忘れないでくれ…。」
気がつくと俺の目から一筋の涙が流れていた。
「征次郎さん…っ。 忘れないよ! 征次郎さんのこと忘れない。 絶対に来世でも逢いにきて。
俺ずっと待ってるっ…からっ。
征次郎さんのこと愛してるからっ…。」
涙でぐしゃぐしゃになった之人の顔を見ると、
俺まで涙が止まらなくなってしまう。
あぁ、そろそろだろうか。 なんだか眠たくなってきてしまった…。
之人が俺に口付けたのを感じた。 もう応えられそうにない。
薄れゆく意識のなか俺は之人の声を聞いた気がした。
「…おやすみ、征次郎さん。 次逢うとき、俺たちはどんな姿で出逢えるだろうね?
それまで逢えないのは辛いけど、また逢えるって信じてるから…。 さよなら…なんてっ、言わないっ…からね? ……大好きだよっ。」
もう一度、抱きしめたとき征次郎はもう既に覚めない眠りについていた。
之人は、そんな征次郎を抱きしめたまま一晩中泣き明かしたのだった。
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