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「征広~このあいださ、久しぶりにハタケに逢った。同居人が……いるみたいだった」
ほらな、避け続けたのは正解だったということだ。帰るとロクなことがない。おまけに何気ない風を装いながら話すモリの様子は「どうでもいい」ことではないことを物語っている。バレバレだ。
「同居人って、彼女だったら同棲だろ?」
あえてモリの芝居にのった俺は、普通に聞こえているだろうかと内心ヒヤヒヤしながら返した。
「女じゃないよ、女のものなんかイッコもなかった」
「遊びにいったのか?」
「そう、東京ってホテルも高いだろ?だから泊めてもらったんだ」
「え……あいつ東京にいるのか?」
モリが小さなため息をつくのが見えてしまう。俺達が連絡を取り合ってないことくらい、お前は知っていただろう。仲が良いからといってずっと一緒にいられるわけではない。
「海外に行くと、疎遠になるもんだろ?実際俺今回じいちゃんのことがなかったら戻っていないし」
モリがまた、ため息をついた。
3日前、7年ぶりに田舎に戻った。今住んでいる神奈川から飛行機で1時間半。
海を渡るが時間だとあっという間の距離だというのに、クラス会も同窓会も盆も正月も何だかんだと理由をつけて帰らなかった。
俺は高校二年の途中から、父親の仕事の関係でアメリカに移り住むことになった。商社マンの子供のようで聞こえはいいが、実際は違う。父は語学学校の講師で、アメリカにいる友人が始める学校を手伝う為に渡米を決めた。
末っ子の父はあまり安定に頓着がない。若い頃の放浪癖の結果身に着いた語学力で生活していたから、日本を飛び出すことに躊躇はなかった。息子の進学のことや普通考えそうなことを一切悩むことなく(ついでに配偶者である母親も同様)俺の環境はいきなり変わった。結局向こうに4年と少し住んだことになる。
高校を卒業後、ブラブラしていた俺に声がかかった。「日本の小さな会社と取引を考えているが、日本側は英語を話せる人間がおらず、こちらも日本語がまったくわからない。助けてくれないか」という友人からの依頼。そもそも海外と取引するなら英語を話せる人間を雇ってからにすればいいのにと呆れながら、バイト賃につられて関わった会社。その日本の小さな会社というのが今の職場で、渉外担当が俺の仕事だ。
漠然と日本に帰ろうと思っていたものの、中途半端な時期に中途半端な期間海外で暮らしてしまったため、帰国後の仕事や就職事情など分からず不安で将来を先送りにしていた。
両親は家を売り払ってしまっていたので住まいもない。帰国して渉外担当として社員にならないかという誘いは渡りに船だった。すべて一から生活を作り上げるのも面倒でグズグズとしていた俺は帰国を即決した。
日本に戻ったことを知らせると、頻繁に連絡してくる高校時代のクラスメイト達。クラス会の誘いは勿論、ゴールデンウィーク、盆に正月。年に何度も顔を見せにこいとせっつく。「アメリカには盆も正月もないんだよ」が俺の常套句だ。「届く荷物の検品がある」「社内で海外からの電話に対応できるのは自分しかいない」「日本の休みは世界共通じゃないぞ」言い訳には困らなかった。ただ、今回は祖父の葬式だったから帰らないわけにはいかなかったのだ。
「近くに来たなら、一声かければいいのに。」
「なに言っても帰ってこないじゃんか~。振られたら立ち直れないじゃん。だから何も言わなかったの!ずらされる俺の気持ち、少しはわかった?征広」
ビールを飲んで誤魔化す。こいつらは本当に諦めが悪いというか気が長い。明らかに札幌を避けている俺に連絡をよこし、顔をみせろと言い募る。会社勤めや家業など環境は様々だが、まったく変わらず人懐っこい顔ばかり。俺も変わっていないといえばそれまでだ。頑なに帰ることを拒んでいるあたりが高校生のまま。
でも、それは無駄な努力だった。顔を合わせたくない人間が隣の都市に住んでいるとは、つまらないオチにすらならない。
「俺の部屋は1DKなんだよ。布団もないし、モリと二人でベッドに寝られるか?キモイだろ」
「ハタケのとこだって1LDKだったよ」
「誰かと住むなら最低2LDKだろうが」
「そうなの?でもさ、東京って家賃高いだろ?」
「同居するなら、同僚とか友達だろう?違うのか?」
美野があとを引き継いだが、モリはその問いには答えなかった。
ハタケ……皆はそう呼んでいた。名前は俊哉。吹奏楽部でホルンを吹き出来すぎない程度に成績がよく、嫌味にならないぐらいの優等生。細身に色白の肌、柔らかい黒い髪ときれいな瞳を持っていた。シュンを思い出す自分の描写に気が重くなる。
「征広、お前結婚式は出てくれるだろ?」
美野はもういいだろうと言うようにモリを見て、あっさりと話題を変えた。美野は3ケ月後に式を挙げる結婚第一号だ。
「さすがに結婚式は仕事を理由にできないし、ちゃんと出席するよ。まだこっちは会制?」
「受付の発起人の前で財布から会費払う方式は変わらずだ」
「本州って違うだろう?けっこう痛い出費。長続きするかどうかもわからん他人に払うのはごめんだっていう考えが抜けきらない」
「お前な……友人を祝うという気持ちはないのかよ」
「あるから出席するって」
可笑しくなって笑った俺の顔を見て、美野は少し安心したような表情を浮かべる。
「征広、絶対こいな、約束だぞ!ドタキャンなしだぞ」
「わかったって」
「絶対だな」
「しつこいって。美野、お前そんな心配しいだったっけ?」
「俺達全員聞いたから、征広は出席!」
久田がおもむろに葉書をとりだし出席に丸をつけて美野に渡した。
「これ、もう取り消せないから」
久田は結婚式の招待状だけ俺にむけて向かい側からテーブルの上を滑らせた。
「式場と時間間違えないように渡しておくよ。俺発起人代表だから」
真っ白い台紙に水色のリボンがデザインされた招待状を眺める。本当に結婚ってやつをするんだな。
「これ、見てよ、征広」
モリが俺の目の前に葉書をぶら下げた。それにも出席に丸印がしてある。
「なんせ、俺泊りがけでこれゲットしてきたんだもんね~遊びついでだけど」
ニヤニヤと満足そうに俺を見たそこには「波多家 俊哉」の名前。
「お前ら!」
「もう取り消せません!ご出席ありがとうございます!」
3人が合わせたように大声で叫んでジョッキを持ち上げた。帰ってくるとロクなことがない。葬式を済ませて飛行機に乗ればよかった。
それにしても……信じたくないものは認識を素通りするのだろうか。諦めしか浮かんでこない思考は別のところを漂う。ルームシェアやルームメイトなら、最低でもお互いの自室があるはずだ。リビングのほかに寝室しかないような場所には暮らさない。
シュンは同棲している。俺から逃げ出しておいて、男を相手にしているってどういうことだよ、シュン。
腹の底からどす黒い想いが吹き出し始める。いまだに、こんなものが自分の中にあることを再認識して鳥肌がたった。
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