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「う、さむっ」
ここの寒さを忘れていた。4月とはいえまだ十度をわずかに超すぐらいの気温だし、太陽が沈めば空気は一気に冷え込む。桜が咲くまでまだ3週間以上もあるのだから、本州の感覚では無防備すぎた。
「征広!途中まで乗っけるか?」
ホテルに向かって足を進めていた俺は、美野の声に振り返った。
「大丈夫だよ、5丁も歩けばつくからさ」
タクシーに乗り込むとばかり思っていた美野が俺の横に並んで歩き始める。無言で一丁歩いた信号待ちでようやく美野が口を開いた。
「お前、ハタケと連絡とってなかったのか」
「え?」
俺に連絡よこすわけがないだろうと言いそうになって飲み込む。皆は知らないだろうし、他人に言うようなことではない。
「ハタケは、結婚式に来てくれないと思っていたんだ、正直なところ」
「いや、でも……葉書」
美野はふうと小さく息を吐く。それは白く漂った。
「あれはモリが強制的にとりに行ったんだよ、東京まで。遊びにいったわけじゃない」
「モリと切れるはずないだろ、シュンが」
そうだ、モリとシュンはいつも一緒で二人の腐れ縁は切っても切れないはずだ。
「電話かけてもシカトが多いしメールしてもレスがない。所謂一方通行状態。ここ1年は番号すら変わっていた。お前と同じで全然帰ってこないし、今回はモリがハタケの母親に逢いに行って番号教えてもらってさ、無理やり押しかけたわけ」
どういうことだ。家に泊まったというから所在の確認はとれているのが安心材料だとしても、シュンらしくないのだ、すべてが。俺はともかくモリとの関係を切るなんて考えられない。男と住んでいる事も……この会話の先にあるものを正直聞きたくないと思った。
「あいつ、女と別れてからおかしくなった」
「女?」
周りがいっせいに動きだし、信号が変わったことに気が付く。あわてて足を進めながら、あいつ彼女がいたのかとボンヤリ考える。
「お前が転校する前あたりにさ、ハタケにアプローチしてた子がいただろ?」
「あ、あれか。夏木だろ」
「ナツキ?そんなかわいい名前だったか?」
「苗字だよ、夏に木だよ、下の名前は……全然思い出せないな」
俺にとってはどうでもいい人間だった。奪うようにして読んだ手紙――そのせいで俺はシュンを傷つけた。今思えば、その手紙はシュンが心を傾けるような内容ではなかったのに、俺達の道はそこで分かれてしまった。
「その夏木?ってやつとできなかったらしいんだ、ハタケ」
「できなかった……て」
「まあ、ヤルのできなかったっていうことだな」
「それ、シュンが言ったのか?」
そんなことを言うはずがない。プライドの問題ではなく、俺とシュンのバランスが崩れたあの出来事にかかわることを他人に言うはずがない。
「いや、ハタケは何も言わなかった。そもそも付き合っていたのかすら怪しい」
「なんで?」
「ハタケとそういう雰囲気になったのに、アイツが勃たなかった。人を馬鹿にしている、実はホモなんじゃないかって言いふらしやがった。あの女」
「え……」
「ひどいだろ?だから俺はその女に言ったわけ。俺らの年頃だったら穴があればつっこむぞと。ハタケがどういう状況だったか俺は知らないけど、裏を返せばお前は女の魅力がまったくないってことを自分で言いふらしてないか?って言ってやった」
「うわっ、ひどいな」
「別にひどくない。ハタケは真面目だから、好きでもない女とはそういうことしたくなかったと思う。だから、気にするなってハタケに言ったらさ……」
俺はそのまま美野の言葉を待った。何をどう言っていいのか正直わからなかった。
「『僕は思いやりがなかったよ』って言った。どこまで人がいいのかとちょっとイラっとしたね」
「え……」
思いやり……と言ったのか?7年前のあの時が蘇りそうになって、目をつぶる。今は出てくるな、今はダメだ。
「『え……』ってさお前さっきから、そればっかりだな」
「いや……驚いて」
「まあ、わからないでもないけど。今お前に話をしながら思い返しても、ハタケがふさぎ込むようなことじゃないだろ?今までも何回か考えたけど、そのたびにそう思うわけ」
「ふさぎ込むって?シュンはよく笑っていたじゃないか」
「それがまったく笑わなくなって、部活にのめりこむ感じでさ、全然俺らとも遊びにいかなくなるし。モリがつきまとっていたけど、5回に1回くらいしか成功してなかった」
シュン……お前何やってんだ。
「なんとなくさ、征広とは連絡とっているような気がしたんだけど違ったんだな」
「なんで俺?モリだろ」
「いや、ハタケはいつもお前を見ていたからな」
いきなり心臓をギュっと握りつぶされたような痛みを感じた。美野は俺の顔を見て「なんて顔してんだか」と呟き肩をポンポンと叩く。
「別に仲がよかっただけだよ、そんな……見られていないって」
美野に腕をつかまれて足が止まる。横にいる顔を見る事ができなくて俺は自分のつま先を見詰めた。
「やっぱり、女はどうでもいい話だったってことだ。ハタケがおかしくなったのは征広がいなくなったからだった」
独り言をつぶやくように言われて、やはりそうなのかと思う。俺のせいなのかと。あの時俺が言葉を間違い、別れてしまった二人の道の上でシュンはどこに向かおうとしているのだろう。
美野にがっしりと両腕をつかまれて向き合うように体を返された。こんなでかい男に掴まれて抵抗などできるはずもない。
「モリが逢いに行った時、そのまま連れ帰ろうと思ったそうだ。ハタケの状態は……ひどかったって」
俺は視線をのろのろとあげて美野の顔を見た。表情に怒りは浮かんでおらず、なんだか哀しそうだった。美野がそんな顔をする理由を考えたくない。そして美野が言おうとしている言葉をできれば遮りたかったのに俺は言ってしまった。
「ひどいって……どのくらい?」
「例の、『ハタケ大好きを』5回言ったらしい」
それで十分だった。
「征広、絶対結婚式こいよ。一人暮らしではないことをモリがはっきり言わないのも気に入らない。ちゃんとハタケに聞けるのは征広、お前しかいない」
俺は頷くことしかできなかった。
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