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夢
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「もう一回弾いてみて」
ベッドの上に座ってギターをいたずらしていた俺はシュンを見下ろした。床に寝そべって本を読んでいたシュンが目を閉じている。
「ギター?」
「そう、もう一回」
俺は言われたとおり、上から下まで弦をつま弾く。
「最初はフラット。2本目はそのままで、3本目もフラット、4本目はシャープ、5本目もそのままで」
「お前何言ってんの?」
シュンはむっくりと起き上がり胡坐をかいてギターを指差した。
「ギターの音がめちゃめちゃだよ。聞いていて気持ちが悪い」
本格的にギターに取り組むことは考えていない。納戸の奥で埃をかぶっていた親父のギターだ。部屋にアコギがあるのはいいかもな、そんな程度。あくまでもインテリアとしてのギターにすぎない。
「正しい音がわかるってこと?」
「そりゃあねえ」
シュンは吹奏楽部で楽器を吹いているしピアノも弾ける。音に関しては断然俺より詳しい。俺にはどこが狂っているのかまったくわからなかった。
「フラット?シャープ?」
「フラットは低め、シャープは高め」
言われるままに弦のチューニングを何度か合わせたあと5本の弦を順番にはじく。そこにある音はそれだけで何かを弾いたような気にさせる、そんな音の流れだった。
「ほら、このほうがずっと気持ちいい」
目を閉じて音を聞いていたシュンが言った。俺の頭の中には「気持ちいい」だけが残りぐるぐると渦を巻く。最近こんなことが多い。シュンのささいな言葉や眼差し、何気ない仕草に自分のまわりだけ空気が止まる。
「ユキ?どうしたの?」
たぶん俺は穴があくほどシュンを凝視していたに違いない。いつも聞くからだ「どうしたの?」と。欲情していると言ったらどうなるだろう……言えるわけがない。他のヤツにはいくらでも言えるのに。俺は嫌われたくないからいつものように嘘をつく。
「お前の耳ってすごいなって思ってさ」
シュンは俺の顔をじっと見る。そこには何も浮かんでいないし、何を考えているのか知りたくない。俺はこの顔が怖かった。つまらない言葉が嘘だと見透かされている、そう思うから。
「毎日チューニングする沢山の楽器とピアノを聞いているからね、わかるよ、そのくらい」
シュンの無表情な口が言葉を押し出す。そして俺も思う、本当に言いたいことはコレではない。俺に聞きたいこともコレではない。
俺達二人は互いに聞きたいことを言えないでいる。そのもどかしさは、どこか気恥ずかしさを伴っていて、それを抱えているのも悪くないと俺は考えている。互いに手さぐりしているこの想いは口にださなければ秘密であり続ける。
秘密で済めば、俺達はずっと一緒にいられる。
【 ボ ト 】
音によって現実に引き戻され、ソファの上でびくっと目を覚ました。テレビをみながらウトウトしていたようだ。手にしていたはずのリモコンがラグの上に落っこちている。
テレビに目線を合わせると超絶技巧を誇る男がギターを奏でていた。ギターの夢を見たのはこの音のせいか……いやそれだけではない。
久しぶりの帰省からほぼ2ケ月たち、美野の結婚式が間近に迫っていることが俺の頭を悩ませている。自分でもどうかしていると思うのだが、シュンとの再会を想像すると鉛のような塊が腹の底に溜まっていく。
あれから何年たった?時間はすべてを解決してくれると信じていたのに、執拗に俺を苦しめるだけだ。
会社の飲み会で恋愛の話になったとき、笹川さんに聞かれて俺は答えた――「恋愛が成就したことがない」と。笹川さんはそんなことがあるはずがないと詰め寄ってきた。「木崎君より見た目の悪い男だって彼女がいるのに」と言って信じてくれない。
「彼女ならいたことありますよ、ガキの頃から」
ついでに彼氏だっていたけれど――というのは言わないでおく。「ほらみなさい、ちゃんと恋愛しているじゃない、酔っ払いにからかわれたわ」彼女はそう言って笑った。
付き合ってくれといわれて付き合うことが成就といえるのだろうか。思いやりをもって接し、適度にわく情を確認しながら同じ時間を過ごすことが、成就といえるか?
違うと思う。だから相手は「自分のことを好きになってくれない」「ほかに好きな人がいるのだろう」そういって泣くのだ……俺だって泣きたい。
違和感とともに過ごす時間。そして好きになれるかもしれないと期待する。今度はちゃんと好きになれるはずだと言い聞かせながら。でも結局は「違う」に突き当たる。
彼らはシュンではない。
どうして心変わりを誰も許してくれないのだろう、時間も、自分も。
さっき夢に見たあの時間に戻れるのなら、今度は間違わないできちんと言えるのに。盲目的にずっと一緒にいられると信じていたあの頃に。
どれ程素晴らしい演奏だとしても、過去に引き戻す音でしかない。ため息をついてリモコンを拾い上げ電源ボタンを押した。
鮮やかに奏でられていた音が消え、ひとりの自分を認める。逃れられない恋に囚われ心変わりすらできない一人の男。
あといくつ歳をとったら、一人になることを許されるのだろうか……。
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