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足が震えて心許ない。片方ずつ足を踏み出すことで前に進む――歩くことをこんなに意識したことは今までなかった。
「ハタケ、今日はみのっちの結婚式だからな」
「うん」
「征広が言ったんだ」
僕は思わず立ち止まる。7年たっているのに、いまだに僕は囚われたままだ。ユキの名前をずっと聞いていなかった。僕を気遣い誰もその名前を言わなかったし、聞きたくないから皆を避け続けた。
「なんて言ったの?」
黙り続けると思っていたのだろう。モリが少し驚いた顔で僕を見返した。ただ聞きたかっただけだ、ユキがなんて言ったのかを。
「皆で弁当食べてた時の楽しさを想い出せば大丈夫だって。俺それ聞いて、そうだなって本当に思ったんだ、それで相変わらず征広は格好いいなって思っちゃった」
「変わってない。ユキはユキのままなんだ……ね」
嬉しくもあり悲しくもある。もしここで裸になったら、モリはハタケ大好きどころじゃないだろう。『こっちにこれるか?』と言ったユキに僕は何と返した?そのくせ、あの男と一緒にいるのだから酷い仕返しだ。
「さあな、変わっていないか正直わかんないんだ。3ケ月前にじいちゃんが亡くなって帰ってきてさ、転校以来初めて顔合わせたからな」
「え……」
「ハタケと征広は、俺らが何を言っても帰ってこなくってさ。今回はみのっちでかした!ってとこだな」
モリは視線を壁に向けたあと僕の背中を押す。足を踏み出したのに僕はまた立ち止まってしまっ
ユキがいる。
窓の外を眺めながら腕を組んで壁に凭れていた。僕の着ている紺より深い色味のヘンリーボーンのシャドウストライプの三つ揃いだった。白のウィングチップのシャツに白かシルバーに見えるグレーのネクタイに同じ色のポケットチーフ。そのまま新郎としてひな壇に上がっても違和感のない姿。
あのクタクタした制服のネクタイではない、シュルシュルと音がするであろうネクタイ。
そして思ったとおり、僕よりずっと背が高くなっている。残念ながら咥えタバコはなく、片方だけ口角があがっているから、窓の外の何かを見て微笑んでいるように見える。
この体の底から湧き出てくるものは何だ?憎いとか、逢いたいとか、憎み切れないとか、心変わりできないとか……そんなふうに頭の中でこねくり回していた僕は自分の浅はかさに愕然とした。
僕はユキを欲している
ユキに触れたい。その腕と胸に僕を包み込んでくれることを要求している。僕の中の僕が欲しいと叫んでいる。
そして確信する。僕が欲しいのは……ユキの拒絶だ。それを得られないと僕はずっとこのままだ。たぶんこれ以上は持ちこたえられないだろう。
視線に気が付いたのか、ユキがこっちを見た。
僕は息をつめる。
ユキは微笑んだ。前と変わらず見守るようにくれる優しい目。
モリがスタスタ歩いていくので、しょうがなく後ろに続く。ユキが笑ってくれたから、それでいいと思った。どんな顔をして最初になんて言ったらいいのかと、エレベーターの中で緊張していた。でももういい、笑顔をもらったから、もう……いい。
「征広、ちゃんと目さめた?」
「ばっちり、やっぱりこの季節はいいな、綺麗だし。いつも見られるモリが羨ましいよ」
組んでいた腕をほどいて壁から離れると、思っていた以上に背が高い。空白になってしまった僕たちの間には、どれだけの知らないことが埋まっているのだろう。
「シュン、受付まだだろ?久田にも逢ってこいよ」
シュン、そう言った。あの頃よりもずっと大人になって、想像していた以上に精悍で目線も違ってしまっている。でもユキが僕を呼ぶ声は同じだった。何回も何回も思い出してきた声と一緒だった。
7年も逢っていなかったなんて微塵も感じさせない、昨日も逢ったような口調だ。それは僕を気遣ってのことだとわかるのに、ギクシャクしてしまうことを止められなかった。
「ほれ、いくよ。久田に金を払いにいこうぜ」
モリに腕を引っ張られて、ユキに背を向ける。僕は思わず振り返る――そこにユキがいるのを確かめるために。
ユキは手のひらで口元を覆って下を向いていた。僕と同じく再会に緊張していたのを認めて胸が絞られるように痛んだ。
「ハタケ、久しぶりだな~」
久田は相変わらずニコニコしながら出席者名簿にチェックをいれ、二つ折りのしおりと何枚かの紙を手渡してくれた。
「皆同じ席だからさ」
「そうなんだ」
「半分は菜緒ちゃんの友達だから女子。美野の配慮だよ、モリに出会いがありますようにってことらしい」
「はああ?誰がそんなこと頼んだよ。いいんだよ、俺のことは」
「文句は美野に言えよ、途中キャンドルサービスで席回るからさ」
「うげえ、そんなことしちゃうの?みのっちがぁ?」
久田はそこでシーッっと人差し指を立てる。
「美野の親族や両親もいるんだぞ、うげえとか言うな!」
「……だったな」
モリはバツが悪そうに小さく言った。なんだか本当に高校生の頃みたいだ。
「征広とハタケは相変わらず仲がいいね」
仲よくなんかない。7年もずっと電話すらしなかった。本当に仲がよかったらこんな風になっていないはずだ。黙ってうつむいている僕に久田は言った。
「だってさ、二人の服。カラーコーディネイトが一緒じゃん」
そう言われて初めて思い当たるが、ユキと僕とでは着こなしが違いすぎる。華やかさを纏っているユキとは比較にならない。
「だろ?俺達をさんざん避けてさ、距離を置いているつもりみたいだけど、実際は東京と神奈川だぞ?なんか二人してやってることが一緒だよな」
ほんとだな、とケラケラ笑う二人に何も言えなかった。さっきモリは「無意識に近づきたがっている」と言った。
あの男が選んだにせよ、久田の言うとおり着ている色が同じだった。まだ……つながっていると思っていいのだろうか。
『同じことを繰り返さなければいいのです』 先生の言葉がよみがえる。
まだ時間を戻すことができるのだろうか
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