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「2次会いくだろ?ホテルはどこにとったの?それとも母ちゃんち?」
披露宴が終わり、会場前でぼーっとしていたらモリが聞いてきた。本当は行きたい、でもあの男が終わった頃に迎えにくると言っていた。
ユキがコーヒー牛乳なんていうから涙がでた。両親への花束贈呈でモリがもらい泣きしていたから、目立たなかったと思いたい。
ユキは嘘をつかない……だから綺麗だと言ったのは本心だ。でも今の僕を、本当の僕を見てもそう言えるだろうか。つける薬がない痕と消えてしまう小さな噛傷が広がるこの汚い肌を見ても言えるか?鼻で笑う。そんなことがあるはずがないだろうハタケ君――そう僕は汚いしボロボロだ。
「ハタケ?」
名前を呼ばれてモリと話していたことを思い出す。今度はいつ逢えるのだろうか、モリにも皆にも……ユキにも。
「ごめん。帰らなくちゃいけないんだ。飛行機が6:00くらいだったし」
「え?日帰り?なんで?」
「なんでって……迎えが……くるから」
モリははっとした顔をしてあたりを見渡す。
「いや、ロビーにいると思うから、僕はここで失礼するよ」
モリにしては珍しく何か言いたげな素振りのあと言葉を飲み込んだ。やっぱりと苦笑を浮かべてしまう。さすがのモリでも相手の男が普通ではないとわかったのだろう。
「モリ……もうあそこにはこないでほしいんだ」
モリは僕が逃げると思ったのか、両肩を掴む。痛いくらいの強さが何故か心地よかった。
「ハタケ、約束して。携帯変えたら絶対連絡しろ。あと「おはよう」でも「こんにちは」でもいいからメールを毎日よこせ。してくれなかったら、またあそこに押しかける。抜き打ちで行くからな、なんなら征広を派遣するから、俺本気だぞ」
ハタケ大好き。そう言うのかと思ったのに、初めてみる真剣なモリの表情に思わず頷いてしまった。
「別にモリが嫌で……とかじゃない……よ」
「わかってる。言いたくない事なんだろ?だから何も言ってこなかった。俺だってそれくらいわかる。だから「元気です」「おやすみ」でいいから、俺を安心させてくれよ」
どうしてモリがそんな泣きそうな顔をするんだよ、泣きそうなのは僕の方なのに。
「ちゃんとモリにメールしろよ。約束破ったら俺が乗り込む」
いつの間にか横にユキがいて、僕の肩を抱いた。
「モリ、二次会先に行っててくれるか?俺はシュンを送っていくから」
モリはコクンと頷くと、僕のおでこをグリグリしたあと久田の方に歩いていった。
「さ、行くぞ。クロークに預けたものは?」
「ないけど、送っていくってどこに?二次会行ってよ」
「来てるんだろ?同居人。そこまで送り届けてやる」
初めて聞く冷たい声。いや、以前に聞いたことがある。杉下を教室から追い出した時もこんな声だった。
促されるように背中を押されエレベーターに乗りロビーに行く。僕はホテルの入り口に背を向けてユキと向かいあった。窓の外を見ていた柔らかい表情も、僕に笑いかけてくれた微笑みもない。硬質な表情を浮かべた男がそこにいた。
「せっかちな男のようだな」
僕は意味がわからなかった。
「俺達を見つけて立ち上がったからすぐわかった。あの男か」
問い掛けなのか独り言なのかわからない。だから僕はそのまま黙っていた。
「シュン、覚えておいて『ギャラリー・クラ』」
「ぎゃらりーくら?」
「そう、横浜にある俺の勤めている会社の名前だ」
「な、なんで?」
「携帯の番号はあとでモリから聞けばいい。いまここでシュンにメモを渡したところで、あの男に没収されるだけだろうから。俺の職場の名前は?言ってみて」
「……ぎゃらりーくら」
「電話帳でもネットでも調べられるはずだ。だから、何かあったら、電話してこい」
思わず見上げると、真剣な顔のユキがいた。
「何かあったら、すぐに迎えにいく」
迎え……迎えに来てくれるの?僕を迎えに?
そして僕が欲した大きな胸と腕にすっぽり包まれた。ギュっと抱き締められて堪え切れない涙がこぼれる。それは想像以上に暖かく胸を焦し、狂喜が全身を駆け巡た。本当は、そう、本当は拒絶なんか欲しくなかった。僕が欲しいのはユキだけ。拒絶を言い渡されたら、今度こそ僕は自分を捨て去るだろう。
唐突に腕を解かれた。僕は強請るような顔をしてユキを見たはずだ、少し困ったように笑ったから。
「残念だけど時間切れだ。すごい顔で睨まれているし、こんな場所で騒ぎはお互い面倒だろう?」
ああ、そうか。あの男がいたんだった。急激に熱は冷めて何も映さない目をした僕になる。それと同時に後ろから肩をたたかれた。ユキの言った時間ぎれ――お出迎えだ。
「シュン。俺の前ではそんな顔するな」
そっと頬に触れられて、笑みがこぼれる。そんな優しい顔で僕を見ないでほしい、僕から離れないでほしい。でもユキは一歩後ろに下がった。でも大丈夫、迎えに来てくれるといったから、もうそれだけで生きていける。
唐突に体がすごい力で反転した。
男の目が見開かれる――ユキにしか見せない本当の僕の笑顔を見たのだろう――初めて
痛めつけるのならそうすればいい、壊してくれるならそれでもいい……そうなったら迎えにきてもらえばいいのだから。
それから僕は存在しなくなった。何をされても執拗に抱かれても僕はそこにいなかった。
痛くしてくれと喚くこともなく、何も映さない目をしたまま転がっているだけになった。僕は此処にいなかったから、体がどうなろうが気にならない。傷はそのうち治るものだ。
焦れた男は最初のうちは反応を引き出そうとジタバタしたけれど、僕から反応を引き出すことはできなかった。
モリに短いメールをする。時間が許す限り小説を書く。
そしてユキを夢想するーーあのあたたかい腕の中に思いを馳せる。僕の体がどんなことになろうが、どうでもよかった。
迎えに来てもらえるまで……生きていさえすればいい。
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