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<17>―2
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あの出来事があってから3日たって(毎日一緒に帰っているのに)ようやくユキがそう言った。コクンと頷くと、嬉しそうに安堵した顔をみせるから口が曲がる。なんの心配をしているのかと言ってやりたい。
「いつまでそうやってビクビクしているつもり?」
「いや……そういうわけじゃないけど」
「そういうわけだろ?ユキは僕をあの杉下と同類だと思っているってこと?」
ユキがガバっと振り向く。
「危ないよ!早く降りちゃって」
僕たちは揃ってホームに降りた。この際だからちゃんと言っておかないと。
「あのね、ユキ」
「……うん」
「ユキはユキだって言ったよね?それじゃ不十分なの?」
ついでに好きだと言ったら、この顔はどんなふうに変わるのだろうか。
「いや……そうじゃないけど」
進む先を指さすから歩きながらということらしい、改札に向かって階段を上がる。
「今まで友達に言ったことがないし、たいていは気持ち悪いと思うものだよ。シュンは違うと言ってくれたけど、なんていうか確認?あ、大丈夫なんだ……って」
「まあ、そういうことなら仕方がないね、僕もそんなユキに慣れるようにするから」
僕にしたら渡りに船だ。この気持ちがおかしいものであってもユキならちゃんと考えてくれるだろう。気持ち悪いとか、同性だということではなく、僕自身を好きになってくれるかダメなのかという事を。
そう、僕はユキだから……ユキを好きになっただけだ。
本棚を端から端まで眺めながら、この本の合計金額はいったいどれくらいなのかと考えた。これだけの本を読んできたなら現国がいつもいい点数なのはうなずける。
ベッドにひっくりかえって大きく伸びをしているユキに聞いてみた。
「小説家になりたいとか、そういう夢は?」
「シュンは将来音楽家になりたいか?」
「いや。そんな大それたことは考えたこともないし、可能性もないね」
「そういうことだよ」
「なるほどね。そういえばテストはなんとかなりそう?」
「まあ……なんとかなるよ」
赤い背表紙の本に目がとまる。そっとひきだすと薄い文庫に絵本のような表紙。ユキは僕の手元を見ながら横向きになった。
「それ、子供向けに見えるけど、ちゃんと大人の本だよ、それ好きで何回も読んだ」
何度も読んだと聞いて興味がわく。
「これ借りてもいい?」
「いいよ」
本を仕舞うためにカバンに手を入れた。その指先に触れた手紙――読んだけれど受け取れないと返そうとした手紙。僕の表情を目ざとく見つけたシュンはベッドを降りて横に座った。
「どうした?」
「ユキは……もらった手紙どうしているの?」
「どうって、一応読んでから破いて捨てる」
「破くの?」
「そ、読むのも破くのも本当は嫌だよ。こっちが悪いみたいに感じるから」
破ることも燃やすこともできず、相手に返そうとした。でもそれは相手に面と向かって逢うことになる。それがいいことなのかどうなのか僕にはわからなかった。
「こないだの俺にじゃなくシュン宛だったのか?」
「……うん」
「それで?受け取ったわけ」
さっきまでの打ち解けた声は姿を消して、低い問いが聞こえてくる。おずおずと横をみると、怒ったユキの顔が間近にあった……怖い。
「またユキにだと思って受け取ったら……ハタケ君にって最後に言うから……」
「前から思っていたけど、なんで俺あての手紙を受け取れるの?」
「え……どういうこと?」
「俺は、シュンに渡してくれって言われたら嫌だって言う」
「ど、どうして」
「嫌だからだ!」
本当に怒っている、でも僕が悪いの?それになんで嫌?僕だって嫌だ、ユキの手紙を受け取るのは、イライラする――はっとする――ユキが嫌なのは、僕と同じ「嫌」?
「なんで後生大事に持ち歩いているわけ?その手紙。そいつと付き合うのか?」
ユキは無理やり僕からカバンを奪って手紙を取り出した。破きそうな勢いで中から便箋をとりだし目を通す。
「で、この夏木ってやつとつきあうのか?どうなんだよ!」
ものすごく怖かった。こんなユキはみたことがない。本能的な恐ろしさを感じて後ろ手に座ったまま後ずさる。でもすぐに背中が本棚に当たり、僕の逃げ場所はなくなってしまった。
「そいつとつきあって、キスできるのか?そいつを抱けるのか?」
「言ってることが無茶苦茶だよ!話を聞いて!読んだよ、読んだけど知らない子だ……でも捨てるのも悪いし受け取れないって返すつもりで……」
「それはまた逢う口実かなんか?どうなのシュン!」
僕の説明はユキを落ち着かせるどころか、さらに熱くさせてしまう。何を言えばいつものユキに戻ってくれるのか僕にはわからなかった。
突然ユキは僕に掴みかかり、頭を両側から固定して僕の唇を塞いだ。
僕は動けず、目を閉じることも忘れてそのまま固まった。抵抗しないとみるや、唇をこじ開けられる。それは生き物のように僕の口内を蠢いた。歯茎をなぞり唇を挟み、執拗に僕の舌を追いかけ絡めとる。喰われる……ユキに。
顎に唾液がこぼれて頭に血が昇った。杉下と同じだ、こんなことをあの男にしたのか?
キスをしろと言われても僕はこんな風にできない。ただ唇を重ねるだけだろう。こんなこと誰がシュンに教えた?今までいったい何人と……こんな!
ようやく離されたのは口だけで、そのまま後ろにまわったユキに抱きかかゆえられる。左手は僕をがっちり抱えたまま、ユキの右手がシャツの下にもぐりこんできだ。
「なに!やめて!なにして…あっ」
シュンの右手が僕の尖りを探り当てて舐る。
「こうやって触るとぷくっとたちあがる」
耳たぶを唇で挟み込みながら囁かれて項のあたりがざわっと震えた。ユキの手は胸をまさぐり腹やわき腹を撫ぜたあとシャツの外にでた。安堵したのもつかの間、ベルトのバックルがカチャカチャ音をいわせはじめる。
本気で抵抗した。なんとか逃れようと暴れるのに腕はまったく動かず膝を立てるような形でユキの足にホールドされてしまう。ユキの右手はあっさり下着の中に潜り込み緩やかに扱きはじめた。
「いや…やだって…ユキ。お願いだから、やめて!」
「大丈夫、怖くないから。大丈夫」
大丈夫なわけがない!頭ではいけないことだとわかっているのに、下半身に甘く与えられる刺激にだんだん息があがる。
「女にもこうやって勃つ場所がある、よく濡らして優しく触ればいい」
先のくぼみに溢れた湿りを親指の腹で広げる動きにたまらず声がでる。
「だ、だめ…だ……め」
項に舌を感じて僕の力は抜けた。抵抗はわずかの時間だった。他から与えられる刺激に僕はあまりに脆すぎた。
どのくらいそのままユキに凭れていただろう。吐精したあとのけだるさに身を任せていた頭によぎった現実。ユキはいったいどれだけの人間とこんなことをやってきた?何人の女や男と?
こぼれた唾液……杉下を思い出して頭がクラクラする。ユキは僕の知らないところでこんなことを……。
もうここにはいられない、このどす黒いものが駆け巡っている時に誰かといいるべきではない。ユキから離れて乱れた服を整えはじめた僕にむかってユキが手をのばしてきたけれど、そのまま後ろに下がった。
「僕は嫌だと言った!こんな慣れた手つきで僕を触った……今までいったい何人とこんなことやってきた?そんな汚い手で触るな!本当に好きな相手とやれよ!こういうことは!」
「好きじゃなくても、相手を思いやれば……できるものなんだ、そんなことはどうでもいい。本当に好きな相手とは今までしたことがなかった」
どういうつもりで、そんな熱っぽい目で僕を見ている?悪いけど僕は無理だ、こんな、こんな!
「シュン、こっちにこられるか」
こっち側ってなんだ?バイセクシャルとかいう仲間にか?副会長や生田達みたいになれと?なれるはずがない、そんなことごめんだ。
「僕は男だ!バイセクシャルのお仲間にはなれない!なる気もない!」
目の前のユキは、このあいだ電車を3本遅らせたときと同じぐらい頼りない子供みたいな姿になっていた。でもまったく同情心は沸いてこなかった、怒っていたし、それに悲しかった。
「傍にいてくれないか?」そう言ってほしかっただけだ。同性愛者とかバイセクシャルとか、そんなものになりたいわけではない。
僕はユキが欲しかっただけなのに。
そのまま逃げるようにして家を飛び出した。
次の日から弁当は音楽準備室で食べるようになり、僕とユキはバラバラになった。
言い訳を続けてユキを避ける僕にモリは食下がった。それを見かねたのか、今度はユキが昼に姿を消すようになり、モリを一人にするわけにもいかず僕は教室に戻る羽目になった。
「喧嘩?」
「いや、喧嘩じゃないよ。でももう聞かないで」
どうやって説明すればいい?好きな相手に触られて、それが慣れているから頭にきたって?思いやりをもてば好きじゃなくてもできるらしいよ、って?そんなこと言えるわけがない。
そして期末テストが終わり終業式の3日前、昼休みにユキが現れた。僕の隣に座ったのは向かい側より顔を合わせなくてすむからだろう、そんなことを考える。
「急なんだけど、もう俺明日から学校こないから」
え、どういうこと?
「え?なんで?」
モリが大きい声をだすから、教室の皆がこっちを見ている。
「両親がアメリカに行くことになってさ、家も売っちゃうらしいし俺もついていくしかないみたいで。向こうの新学期は9月からだし、親父の仕事の都合もあって、明日立つ」
僕とモリは何も言えず、そのまま固まっていた。アメリカ?そんな遠くに。
「帰ってくるの?」
たまらず聞いてしまう。互いに顔をみないままモリに目線を合わせて。
「さあな、わからない。」
もう逢えないの?
「征広、お前いつからわかってて黙ってた?」
「……ばれたか。テスト準備期間中の終わりごろに決まった」
あの日にはもう決まっていたということ?
「お前だけ残るとか…方法ないのかよ」
「大阪に叔父さんがいるけど、大阪にいくならアメリカも一緒だって親父が言ってさ、まあ、俺もそう思ったし。札幌の伯父さんはもう爺ちゃん引き取ってるからさ。さすがに迷惑はかけられない。俺の生活費をだせるほどウチには余裕がないっていうのも現実で。だから……しょうがない」
「水臭いというか、あっさりしているな。征広」
モリは不貞腐れて言い放つ。
「あっさりに見えるか?」
モリが目を見開いたのを見て、僕はユキに顔を向けた。そこには涙をためて「しょうがない」と呟くユキがいて……僕は思わず腕をつかんだ。
「ごめんな」
僕の肩をキュっと握ったあと、ユキは教室を出て行った。
何もできずに固まっていたらモリが僕をイスから引きはがした。
「ハタケ行け!もう会えないかもしれないんだ、行けよ!」
「行ってどうする?もう決まっているのに」
「それでも行け!いいから!」
モリにひっぱられるようにして後を追い、踊り場に降りたところのユキを見つけた。モリはそのまま教室に向かって歩いて行ってしまったから、僕はノロノロと階段を下りるしかなく……ユキと向かい合う。
「あの……」
「何も言わなくていいから。そうだな……」
ユキは目元を手の甲でぬぐって、少し考えたあと言った。
「俺の手が汚くても、俺が触ったぐらいじゃ変わらないよ。シュンは綺麗だから」
「ユキは汚くなんかない。あれは僕、怒っていて……それで……あんな」
「わかってる、あと最後に」
最後って、最後って言った……。
「思いやりっていうものが、シュンには必要なかった。全然そんなのいらなかった」
「意味が……わからないよ。もっとちゃんと」
「いや、言わない」
「なんで……」
「俺いなくなっちゃうから、言えないよ……シュンのためにも。ごめんな」
そう言ってユキは階段を下りていき、僕はそのままズルズルと床に沈んでボロボロと泣いた。どこで僕たちは間違った?言えないよって、言ったのと同じだよ。それに僕だって言いたいことがあったのに。
僕はそれからまた「いいこのハタケ君」に戻り、前よりたくさん「ハタケ大好き」を言われながら高校生活を送った。この頃から何にも関心がわかず、空っぽな僕がどんどん増えて色々どうでもよくなった。
ユキがいないから……。
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