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「狭いけど、広くならないし。この際だから要らないものを捨てたり、少し整理するか」
ユキはそういって立ち上がると、クローゼットに頭をつっこむ。
僕がここにきて1週間がたった。
先生のところにあのまま厄介になることもできず、帰る家がない僕を当然のように此処に連れてきた。
ユキは何も聞かない。普通に起きて、食事をし、それぞれが仕事をしてまた眠る。何も聞かないのではなく、聞きたくないのか、それとも興味がないのか……。
いずれにしても、このままでいるわけにもいかない、かといって出ていくこともできない。そう、僕はユキの傍にいられて驚くほど嬉しい。あんなに空っぽでどうでもよかった毎日は、森の中で浴びる木漏れ日のように暖かく優しい。「おはよう」とかわす単語ですら、そこに意味があるように感じてしまう。ユキが微笑んで「うまいな」と言うから義務的に何かを口にしていたのに、とてもそれが美味しく感じる。
僕の毎日は、たった1週間で色を帯び、日向の匂いがするようだった。
結末を決めずに書き進めていた小説は、勢いよく動き始め登場人物3人がそれぞれ進む道を決めて終結した。この3人はユキと僕の二人分の人格が分れた人物達で、バイセクシャルの男とノーマルである男と女の三角関係を通して、人の心と想いを問うものになっている。
これを書くことで僕は自分がどうしたかったのかを語り、何故出来なかったかを思い返し、正直な自分の心に向き合うことができた。ボツになるなら仕方がないけれど、とても大事な作品になるはずだ。
「あ、そうだ、明日打ち合わせがあるんだ」
ユキはクローゼットの中身を3つの山に分ける作業をしながら僕のほうを見る。
「どこで?」
「駅まできてくれるっていうから、駅前のどこかのお店かな。長くなるだろうからファミレスになるかも」
「長くかかるの?」
「うん、できた小説を読んでもらうから、それなりに時間がかかると思う」
ユキは山を掻き分けて跨ぎ、僕が座るソファの肘かけに腰かけた。
「じゃあ、ここに来てもらいなよ。茶も飲み放題だし、相手が読んでいる間、シュンだって何か他のことできるだろうしね。そうすればいい」
それは助かる。実際自分で原稿を持っていけばいいのだけれど、拭いきれない恐怖が僕の中に巣食っているから。
「ちゃんとケリはついた。もう安心していい」そうユキは言った。でも僕はいまだに不安だ。
まだ見張られているかもしれない、引きずられてどこかに連れていかれるかもしれない。それはユキから引き剥がされることだから、考えるだけでも身がすくむ。
「ありがとう、じゃあ、遠慮なく」
「他人行儀だな。今ここはシュンの家でもあるんだぞ、好きにすればいい」
そういって僕の頭をポンポンと撫でたあと、またクローゼットの山に戻っていった。
ユキは僕が何を書いているのか聞かない、読みたいとも言ってくれない。カバンに携帯を入れ忘れてもそのまま電車に乗るのは平気、でも本を忘れたら電車1本遅らせてまで何かを買うくらいの活字中毒なのに。
「じゃあさ」
相変わらずの選別作業を続けながら何気ないふうに僕に言う。でも声に少しだけ緊張がにじみ出ているから、知らずに肩に力が入ってしまった。いったい何?
「明日から、沢山話をしよう。俺達がいなかったそれぞれの間のことを。
俺は沢山話したいことがあるんだ。言いたくないことは言わなくていいけど、嘘はつかないでほしい。俺はシュンのことを……知りたい」
ユキらしくなく、遠慮がちにぽつぽつ話す声を聴いて思う――僕も同じだ。
この7年間にあったことを話したい。言いたくないようなことも、教えてあげたい楽しいことも、ユキがいなくて悲しかったことも。
「待ってたんだ」
「なにを?」
「難しい顔をして近づくなオーラだして書いてただろ?書き終わるのを待っていたんだ」
転がりだした話を逃がしたくなくて、随分根を詰めて書き続けていた。寝食を忘れてとはよく言ったもので、この4日間くらいはまさにその状態だった。
その間ユキは食事を用意し渋る僕に食べさせて、顔ぐらい洗えと脱衣所に押し込み世話を焼いてくれた。でも寝ろとはいわなかった、それが有難かった。
「ようやくかまってもらえそうだな、俺」
ニヤリと笑ったその顔は、僕が初めて見る大人のユキだった。
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