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僕たちの「話」はどんどん核に近づいていく。最初は情報面だったので言いやすかった。
高校卒業を機に母が再婚して別々に暮らし始めたこと。大学を卒業して東京に就職して(会社はどこでもよかった)2年した頃に父が亡くなったこと。僕に残してくれた保険金があったから、作家一本の生活が成立していたこと。
初めてSEXしてフラフラになった事が先生と出会うきっかけだったこと。
友人に連れて行かれたバーで吉川に見つかってしまい連れていかれたこと。
「どうして?」とユキはきかなかった。
どうして男と寝ようと思ったのか。
どうして東京にいこうと思ったのか。
どうして?どうして?
そう……その「なぜ」の裏にはすべてユキがいたからだ。なぜ毎日が空っぽだったのか?自分がなくなってもいいと思えたのか……痛みがもたらす何かに期待したのか。
ユキが僕の傍にいなかったからだ。アメリカに行く前に、約束を交わしていたら、その後の7年間は違ったものになっただろうか。
わからない。
約束があっても、ユキが傍にいなければ……同じだっただろう。
「このソファ、へたってきたなあ」
二人掛けのソファの真ん中に向かって両側から傾斜ができている。それはここに座るのが俺しかおらず、真ん中に座っていたからだ。
『お値段以上~♪』をうたい文句にしている会社の製品だが、そもそもお値段がお粗末なので、こんなものだろう。
「ユキはもっと家具にこだわっているのかと思っていた」
そう言われても、結局はまもなく25歳になる若造で、都会で暮らしているとそれほど余裕はない。
「まあ、そんなにいい給料じゃないし。それにここは俺の住処じゃない」
「え?」マグカップを差し出しながら、シュンが小さく驚く。まあ、住んでいることにはかわりはないのだが。
「ここは本当の俺の家じゃない。終の棲家は大げさにしても、自分の部屋だと思えないから、その場しのぎの家具で十分なんだよ。白石の家のほうが、自分の家だって感じがするな、今となっては」
アメリカに行くときに処分されてしまった家。シュンも遊びにきたあの部屋、シュンを怒らせたのもあの部屋。どうにもならない現実に涙をこぼしながら荷造りをした部屋。
ベッドと机と本棚しかなかったあの空間は今住んでいる場所より現実味がある。
「そう言われると、僕もちゃんと自分の「部屋」というところに住んだことがないかもしれない。いつも家具と電化製品がついている賃貸で、遊びに来る人もいないし、単に寝るところのような場所だった」
たぶん俺達は現在を生きていなかったからそうなった。過去の自分にばかり向き合っていたから現在がおざなりになる。
「でも随分マシになったよ」
俺の言うことがわからないのか、シュンはきょとんとしている。
「シュンがここにいるようになってから、家に帰るっていう気持ちを思い出した」
シュンはテーブルの上にあるマグにのばした手をひっこめて小さく握る。そのあと少しだけ俺との間をつめて、握った手を広げて俺の手に重ねた。
閉じた瞼から滴が零れ落ちる。
「今度は無理だよ、2回目は耐えられない」
シュンの震える手を引っ張り抱きしめた。
「2回目って?」
わかっているのに聞く。
「ユキがどこかに行ってしまったら……もう僕は無理だ」
「どこにもいかない」
腕の中で大きく肩を震えさせると、シュンは声をあげて泣き出した。
病院に「迎えにきた」と告げたときに涙をみせたけれど、それからは一切泣くことがなかった。忌々しい経験と記憶は消えていないだろう。過去の話をしたときもいっさい表情は崩さなかった。
沢山の人間を踏み台にしたくせに誰のことも好きになれなかったという俺の話を聞いても、シュンは何も言わなかった。
俺達は互いを欲しているのに、それをいう事もせず、触れもせず同じ空間で一緒にいたのだ。恐る恐る、互いの心を探りながら、過去を塗りつぶすために過去をなぞった。
俺は黙って抱きしめながら背中をさすり続け、シュンは泣き続けた。
どれくらいそうしてただろう。シャツに沁みこんだ涙が冷たくなった頃、ようやくシュンが胸を静かに押して腕の中から抜け出す。
「もう、話をすることがないんだ。そしたらユキが居なくなってしまうような気がして怖かった。怖くなったら今までの嫌なことが噴き出してきて……」
「どこにもいかない」
シュンがおそるおそる視線を上げる――それを捉えて見つめ返す。
「泣けるようになるまで待っていただけだよ」
「え……」
「小説や色々なことがあって張りつめている時に、俺の気持ちを押しつけても意味がない。
7年も離れていたんだ、いくらでも待てる。強張り……少しはほどけた?」
止まっていた涙がまた目じりに溢れはじめ、そっと手を伸ばしてすくいとる。
「シュンが好き。他には誰もいらない。7年頑張ってみたけれど、心変わりができない。
どんなに願っても他の誰かを代わりにしても、シュン以外じゃダメだってことを思い知るだけなんだ」
「こころ……がわり?」
「そうだよ。ずっとそれに取り組んだけど惨敗だ」
おどけて見えればいいと思ってつくった表情のせいで、自分の頬にも涙がつたう。
「僕もそればかり考えてきた。でも……無理だった」
「それにそろそろキツイ」
「なにが?」
「予備の布団で寝るのがだよ。安い布団は背中が痛い」
先生のところから連れてきたシュンをベッドに寝かせたから、必然的に俺は予備の布団を敷いて寝ることになった。とてもあの状況のシュンを煎餅布団に寝かせられなかった。
「あ!それはずっと思っていて。今日から僕が布団で寝るから。それに部屋も占領しちゃってるし、もう打ち合わせもないから、ごめん」
急に慌てたように謝るシュンを抱き寄せる。
「違うよ。今日から俺もベッドで寝るから」
びくっと震えたシュンは俺の腕から後ずさる。青ざめた顔色は白に近く、かみしめた唇が切れてしまいそうだ。
「僕は……汚いからダメだ。それはできない」
「シュンは俺が嫌いなのか?」
蒼白な顔で目を見開き首を大きく横にふる
「違う、嫌いじゃない!でも……でも!僕は!」
「シュン、俺がお前を汚いと、そんな風に考えるような人間だと……そういうことか?」
口元を抑えながら力なく首を振り続ける。その体はとても小さく見えて消えてしまいそうだ。
「ユキ……そうじゃない。でも駄目なんだ。吉川にあんなことをされた時……」
「嫌なことは思い出さないほうがいいよ。無理はしないでいい」
「違うんだ!僕はあの時、知らない男達に沢山触られた。この口にさんざん突っ込まれて、咥えられて何回もイッた!あんな暴力みたいな事をされたというのに感じていたってことだよ。
ユキの言う「思いやり」の欠片もないのに、そんな相手の前で無様に絶頂に喘いだ!何回も!
内側も外側も他人の精液と唾液にまみれてね。
それでも僕を汚くないと、そう言えるの?正直に言ってよ!」
たまらず目を瞑ってしまった。
先生には「かけられた」としか言わなかったから伝えられたままに、それを信じた。吉川には挿入されたが、他の男はただの見物だと思い込んでいた。いったい何人の男がシュンに強いたというのだ!思いやり?そんなものは関係ない。あれは沢海さんの受け売りだ。
手紙を読んでシュンを組み敷いたあの時、俺の頭中にはシュンしかいなかった。触りたかった、啼かしてやりたかった。俺の腕の中で俺だけを求めろと心の中で叫んでいた。
そうだよ、思いやりなんて、何になるというんだ。
固く握られた両手を包み込む――汚いはずがない、シュンは綺麗だ。
「じゃあ、俺も言うよ。色々な人間を俺はシュンの代わりにして抱いたよ。本当に好きじゃないのに好きだと囁いた。
この腕の中にいる男や女がシュンであればいいと、イクとき思うのはいつもそんなことだ。
その気になるまで奉仕させるくせに、最期に考えるのはそんなことだ。俺こそ、思いやりの欠片もないまま、散々イッたよ。誰かの中でね。
俺はやっぱり汚いのかもしれないね。シュンが昔言ったみたいに」
シュンは大きく目を見開いて俺を見詰めている。
夏木という女にやりたくなくて我を忘れた日。汚い手で触った、そう言われた。別れの日、シュンは違うと言ってくれたけれど、その後もずっと俺の手は汚いままだった。
「違うよ、違う。ユキは汚くなんかない。そうじゃないよ……」
「シュン。お前は綺麗だ。何回でもいう。綺麗だ」
小さく息をのみ、嗚咽を漏らす体を抱きしめる。俺のことを信じられるように力一杯抱きしめる。
「愛してる」
弾かれるように顔を上にあげたシュンにそっと口づけた。
「僕で……いいの?」
「俺で……いいの?」
シュンがようやく笑みを浮かべた。
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