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『久しぶりだな』
「どうだよ、新婚生活は」
『新婚ったって、高校の時からの付き合いだ。一緒に住んでいたから別にどうってこともない』
めったにかけてこない美野からの電話だった。以前よりも話すようになったとはいえ、相変わらずうるさく電話してくるのはモリで、たぶんそこから情報発信されているのだろう。
『ハタケは?』
「うん。元気でやってるよ」
『……あの……さ』
美野が言いよどむとは珍しいこともあるものだ。口数は多くはないが、口を開く前に考えがまとまっていて無駄なことは一切言わない、そんな男なのに。
『ハタケって仕事なにしてんの?』
「俺もよく知らないけど、物書きなんだってさ。俺や美野じゃなくてシュンが小説家になるなんて想像できなかったよ」
『波多家って名前で書いてるのか?』
「いや、違うみたいだな。教えてくれないんだよ。
あ、でも新しい本がでたらわかるみたいなことを言ってた。もう出版されたのかな」
『征広、お前すぐ本屋に行け』
「なんで?」
『行けばわかる』
切れた電話を片手に美野らしくない物言いがひっかかる。本屋?ストックが少なくなってきたので本屋に行こうと考えていたからちょうどいい。仕事帰りに向かうことにした。
いつもははまっすぐ海外小説の文庫本コーナーに進むのだが、今日は新刊コーナーを目指す。美野はタイトルを言わなかった――「行けばわかる」その言葉を信じよう。
新刊コーナーで結構なスペースに平積みされている本がある。今話題の!というPOPがでかでかと掲示されていた。
本のタイトルは『想い』青い揺れる水面のような平面に白抜きされたタイトルが横たわるシンプルな装丁の本。
【 想い、揺れる心、欲することで生まれる弱さ……人を想うことの意味を知りたいと、真剣に思った 】
帯には推薦している作家の文字がある。恋愛小説なのか?作者の名前は帯の下らしい。帯をめくって俺は固まった。
「征寛 俊」
ゆきひろ……しゅん。一瞬にして理解する。これがシュンの書いた本だ。
先生がなぜ「ゆきひろ」と「しゅん」に驚いたのか……秋元さんが「ゆきひろさん」と言ったのか……。
本を手にしたまま涙をこらえる。
「ゆきひろ しゅん」
俺達がそこにいた。
会計をすませたあと、自宅に帰らずにオフィスに戻った俺は一人きりの事務所でその本を読みはじめた。
バイセクシャルの男、その男に魅入られた男と女。
女は男に負けるはずがないと思っていた。男は女を好きになるもので、固い体の同性より柔らかい異性を求めるものだと。
男は怯えていた。最終的には女性には勝てないだろう。どんなに想いを重ねても肌を合わせても自分は報われないだろうと。
恋愛感情がなくても、もしくはどちらかにしかなくても、思やりをもてば関係は成立すると、バイセクシャルの男は言い放つ。
そして3人の関係はもつれたり離れたりを繰り返し、やがてひとつの結果に至る。性別や条件ではなく、ただ一人の「人間」を欲することに決めた二人が、その想いを相手に伝えようと決心したところで物語は終わっていた。
ここにでてくる3人は、俺とシュンだった。そして最後に残る二人も、俺とシュンだった。
吉川に監禁まがいの状況におかれていた、あの1年で書いたこの小説を読み終えて、溢れてくるものを止められなかった。本を読みながら声をあげて泣いたのは初めてだった。
秋元さんがいったように、とても綺麗だった。シュンと同じく綺麗で芯があり、優しかった。
澄み渡る空のような心持になる。霞がかった7年は消えてなくなり、ふりそそぐ太陽の光が当たっている。一人きりのオフィスなのに、まるで別世界にいるようだった。
3時間ちかくオフィスにいたので家につくと日付が変わっていた。フワフワとした昂揚感を周囲にまき散らせているような気さえする。何も口にしていないのに食欲がわかない。今欲しいのはシュンだけだ。もう我慢はしない。一緒に寝るようになっても抱きよせると身を固くするシュンを後ろから抱きしめて眠る毎日。
もう嫌だとは言わせない。嫌がるなら……握りつぶしてやる。
「ただいま」
部屋に戻るとシュンはソファの上で眠っていた。先に寝ていてくれと何度いってもこうやって待っている。余裕のない自分に気が付いているが、どうすることもできずシュンの肩を揺らせて目覚めを促した。
「ただいま」
ぴくぴくと瞼がまたたき、薄く目が開いた。我慢できずにいきなり口をふさぐと何がなんだかわからないとばかりに目が見開かれる。シュンの目に怯えが走るが俺を認識してふさがれている口で笑おうとする表情――熱い何かが背中を駆け上がる。
舌をねじ込み逃げる舌を追いかけ歯をすべらせ唇を甘くはさみこんだ。執拗に口内を攻め鼻から抜ける息に甘さが滲み始める。
「ちょっと……な、なに?帰ってくるなり」
息も絶え絶えなシュンを抱え込みそのまま寝室に向かう。状況をようやく把握したシュンが腕の中で暴れるが気にしない、今俺は力がみなぎっているから。
ベッドに落とされて本気で怯えているシュンにまたがり肩口に両手を置いて自分を支えて見下ろした。
「読んだ」
なに?という顔をして見上げてくる。
「ゆきひろ、しゅん」
あ!という顔をしたあと横を向いてしまった。そっと頬に手をそえて向きを戻す。
「幸せってどういうことなのか、幸せを感じるって意味を今日知ったよ」
「え?」
「シュン、ありがとう」
どうしていいのかわからないというような表情が可愛くてついキスを落としてしまう。
「幸せすぎて力が漲ってる!フワフワしているし最高の気分!」
「ユキ……変だよ?」
「あの3人は俺とシュンだろ?そして最後二人になるのも俺とシュンだ」
シュンの顔がクシャっと歪む。
「常識や過去や、色々なものが無くなって……それで最後には互いを想う心だけが残ったってことだろ?まさしく俺の気持ちだよ、そしてシュンも……そうなんだろ?
幸せすぎて頭がおかしくなってるよ、俺」
「……怒ってないの?」
「どうして?」
「……書いてしまったから」
「他人がどう思うかなんてどうでもいい。シュンが俺と同じ気持ちだっていうことが形になっている!これ以上素敵なことがある?」
ようやくシュンはそこで笑顔になり、可笑しそうに声をあげて笑った。
「こんな切羽詰って余裕のないユキなんか初めてみたよ!なんだか可愛いい」
「かわいい?」
「うん……幸せそうな顔を見ていると、僕まで幸せで泣けてきそうだよ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめて首筋に顔を埋める。
「シュン」
「なに?」
「心が通い合った相手とする初めてのSEXなんだ」
「……ユキ?」
「だから余裕がない……でも嫌なことはしないから」
背中に腕が回されたことに安心して、ゆっくりと唇を落とした。
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