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弔い おまけ
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「うわぁ。これも格好いい!」
「はははっ、これなんかもレアだぞ?」
「裸っ!わぁ、こういうの、絶対に参加しないタイプかと思ってました!」
思わず目を輝かせてしまう俺は、ただいま七重組本家、七重の私室で、火宮の昔懐かしい写真を見せてもらっているところだった。
「まぁこの顔は、恐ろしく不本意なのだろうが。単位のために仕方なくなんだろうな」
話題の裸写真というのは、多分体育祭のときのものだ。
頭にハチマキ、上半身裸の体操着姿の火宮が、それはそれは盛大なしかめっ面で写っている。
「ふふ、でも火宮さんのチーム、火宮さんが怖い顔で立ってるだけで、誰も棒に近寄れてないですね」
「まぁなぁ。喧嘩最強の王者として有名だったからな」
懐かしそうに目を細める七重の顔は優しい。
「あっ、これは?なんか隠し撮り感たっぷりですけど」
まぁどれもこれも、ほとんどが隠し撮りみたいなアングルばかりだけど。
「それはそうだ。あの火宮が好き好んで写真なんぞに写るわけがない。俺が集めたのは全部、新聞部だ、ファンだが無許可で撮って裏で売買されていた、火宮が預かり知らぬ代物だ」
「売買!やっぱりモテたかー」
格好いいもんなー、と納得してしまう、高校時代の火宮は、今より少し幼くて、今よりずっと張り詰めたような顔をした、どうしたって目を惹くイケメンだ。
「あれ…?これだけちょっと表情が…」
どれもこれもムッとしているというか、つまらなそうというか、とにかくピリピリとした鋭い顔しかない中で。
なんだかやけに柔らかい顔をした1枚の写真があった。
「あぁ、それはな…」
「え?」
「別角度のが…これだ」
「っ!」
これは…。
聞かなくてもそれが誰であるのかは、直感的に分かった。
「すごく、綺麗な人…」
制服をきっちりと着こなし、鮮やかに微笑む、色白の美しい男。
幼さと大人っぽさ、無邪気さと妖艶さ。
男だけれど、男っぽさはなく、けれど女でもない。対称的な一対の雰囲気を併せ持つ男。
「聖さんだ…」
不思議な魅力と、不思議な存在感。
写真の中からだって感じる、その圧倒的な空気を持つ人は。以前に火宮の話に聞いた、天束聖、その人だろうと確信した。
「っ…」
2人がそれぞれに視線を向けて、ただ立っているだけの写真なのだけど。
「相思相愛……すら安い」
そんな言葉じゃ言い表せない。
2人の間にあるものは、もっと深く、もっと気高く、もっと強い…。
「完全に2人だけの世界ですね…」
何人たりとも介入を許さない、絆を超えた絆が見える。
「妬けるか?」
「いえ…」
そういう次元じゃない。
「まぁ片一方はもう死者だ」
「はい…」
すでに立っているフィールドも違う。
「あ…」
ぼんやりとしたまま、ページをめくった俺は…。
「っーー!」
思わずにやけてしまう顔を止められなかった。
✳︎
バタバタバタ。スパーン!
騒々しい足音に続いて、無遠慮に派手に開けられた襖。
その向こうから、苛々とした顔の火宮がズカズカと入ってきた。
「翼」
「おぅおぅ、火宮。部屋の主に挨拶のひと言もなく、イロ一直線か?」
「………」
ギロッと七重に向いた火宮の視線が怖すぎる。
「お久しぶりです、オヤジ。で、翼」
ものすっごく義務的な言葉の後には、やっぱり俺に戻る火宮の視線。
目の端で、七重がそっとアルバムを隠したのが見えた。
「本家に遊びに行ってきます、って伝言1つってな、おまえは…」
「え?だって真鍋さんがそれでいいって…」
俺だって今日は一応相談したんだよ?
家で暇してたところに、七重から「暇なら遊びに来んか?」って電話をもらった後。
「はぁっ。ったく。どこの世界にヤクザの本拠地、七重組本家にふらりと遊びに行くカタギがいるかと思えば…」
ここにいたか、とくしゃりと頭を撫でてくる手は、言葉と裏腹にとても優しい。
「何をだらしない顔をしている」
可愛いが、って…。
「ばっ…」
七重の前で何を言い出す。
「オヤジがこっそりと隠したものに関係あるか」
「隠したものとな?」
ジロッと鋭い目を向けられても、しらっと空惚けている七重はすごい。
「誤魔化しても無駄ですよ」
スィッと俺に向いた火宮の目と。
「翼くん…」
苦笑して俺を見た七重さん。
「え?」
何?
「おいおい、火宮。顔が緩んでいるぞ、顔が」
「ククッ、だからたまらないんですよ」
「ふん。それは惚気か」
「他に何に聞こえます?」
だから何なの…。
まったくついていけない俺は、キョロキョロと2人を見比べた。
「ふっ、この火宮をしてそう言わしめる翼くんとはな…」
「オヤジ」
「あー、はいはい。俺の負けだ、負け」
「っ、これは…」
降参、とばかりに机の上に出されたアルバムと。
軽く目を瞠った後、げっそりと溜息をついた火宮が見えた。
「ったく、人の知らないところで何をしているかと思えば…」
「えっ?俺っ?」
何でこっちを見て睨んでるの。
「オヤジもオヤジですよ。悪趣味過ぎます」
まぁ隠し撮りコレクションに、それをご丁寧にアルバム化して、被写体に許可なくやたらと俺に見せていれば。
「ははっ。悪趣味か。いつか、俺がそうだと思った人に見せてやろうととっておいた」
「それを俺に無断でやるところが悪いんですよ」
「親心なのにねー」
あ、やば…。
ギロッと火宮の目が向いてから、うっかり口に出していたことに気がついた。
「おまえはどっちの味方だ」
「う。だって…写真、見れて良かったですもん…」
「オヤジを取るか」
「取るとか選ぶとかじゃなく…」
あー、素直に謝るところだった?
火宮の目に、意地悪スイッチが入った光を見つけてしまった。
「帰るぞ、翼」
「あー、えーと、俺はまだもう少しここに…」
「翼」
「っ!」
やば…。
のらりくらりと逃げようとして、さらにあっちこっち地雷を踏みまくった、これ。
「くくっ、火宮。まだ俺と遊んでいたい翼くんを無理矢理連れ帰るのはどうかと思うぞ?」
「わーっ、わーっ、わーっ!」
この上、爆弾まで投下してくれなくていいですから!
完全にサディスティックな笑みを浮かべた火宮に、俺の顔はすっかり強張った。
「翼?」
「っ…な、七重さん、すみません。今日はもうお暇させてもらいます」
チッ、てそんなつまらなそうな顔をされても…。
これ以上火宮に抵抗したら、本気で俺の今夜がやばいから。
「ということなので、オヤジ。翼は連れて帰ります」
「ふんっ、好きにしろ」
「すみませんっ。今日はありがとうございました。楽しかったです」
「またいつでも来ておくれ」
はい。
ジロッと火宮に見下ろされたから、心の中だけで返事をする。
七重は分かってくれたようで、とても可笑しそうに目を細めた。
「さてと、翼」
「な、何ですか…」
「帰ったらたっぷり仕置きだな」
「っ…」
やっぱり。
こうなった火宮はもう誰にも止められない。
「いや、帰るまでも…」
車の中で。って!
え!
「な、に、持って…」
見たくない。見なかったことにしたい。
そのリング。その小瓶。その小型ローター。
「ククッ、大丈夫だ。今日は運転は俺だからな」
他人はいないって。
いや、そういう問題じゃなくて。
「心配しなくても、最後はたっぷりいい目を見せてやる」
いやいやいや。だけどそれまで地獄でしょ。
快楽という名の、溺れ死にそうなほどの。
「どうした、翼?嬉しさのあまり震えているのか」
「はぁぁっ?」
どこをどう見たらそうなる。
「このどSっ!」
「ククッ、だからおまえは、飽きない」
うっかり叫んだ俺に向けて、愉しそうに妖艶に微笑んだ火宮は意地悪で。
だけど俺はやっぱり嫌いにはなれなくて。
「くそぉ…」
だって知ってる。
どんなに意地悪したって言ったって。
その根本にはちゃんと愛情があるってこと。
七重に見せてもらったアルバムの、最後にめくったあのページ。
ふつりと途切れた、数年分の空白の、その後にふと現れたのは。
街を並んで歩く、俺と火宮の隠し撮り。
何のことはない、2人がただ歩いているだけの写真だけれど。
俺に向いた火宮の、聖に向いていたのと負けず劣らずの視線と表情の柔らかさは、それは。
ーーーーやぁっと現れたね、刃。
空白の後に現れ、貼られたあの写真の意味は。
「俺、ちょっとだけ自惚れちゃいます」
「ん?」
聖にだって負けはしない。
もういないその人には決してできない。
俺は。
この先ずっと、そのアルバムの写真を増やし続けていきます。
「ふふ…」
「なんだ。喜ばれたら仕置きにならん」
って…。
「だからっ、俺はMじゃないーっ」
ーーーークスクス。暗い霧は晴れたんだね。
「えっ?」
「どうした」
「え。いえ…」
気のせいか。
ーーーーその惜しげもない笑顔。ちょっと悔しいよ、刃。
だけど、お幸せに。
ふわりと耳に触れた、微かな風の揺らぎがあったような気がした。
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