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リクエスト⑪ 記憶喪失 5
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【本編308話、執筆後】
aya様よりリクエスト《翼が記憶喪失になって火宮さんたちと出会う前の記憶しかなかったらのお話》
後編です。
だいぶ長くなったので、ぼちぼちと順番に更新していきたいと思います♡
よろしければお楽しみください。
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「ほぇー。ふぁー」
「翼。何をキョロキョロして、間の抜けた声を上げている」
遅れるな、と俺の腕を引く火宮が、苦笑しながら、やってきた建物の最上階の一室を開けた。
「ほわぁ…。普通だ」
ヤクザの事務所だって聞いていたから、てっきりもっとガラの悪い場所で、日本刀とかいかにもな習字とか飾ってあるような部屋かと思ったのに。
「クックックッ、だからおまえは」
「普通のオフィスビルですね。しかも普通の社長室って感じ」
応接ソファがあって、キャビネットにはファイルや書類が詰まっていて、執務机に社長椅子があって。
ごく普通の執務室だ。
「クッ、まるで俺はタイムスリップした気分だ」
「へっ?」
「以前に、やっぱり初めてここに連れてきたときにも、おまえは同じ反応をしていた」
懐かしそうに目を細める火宮の記憶にある俺は、今の俺の中にはいない。
「俺は前にもここに?」
「あぁ。何度も来ている」
そうなのか。
ならば少しは見覚えのあるものがあるだろうか、と見回した室内は、けれどもやっぱり、俺には初めての感覚しかなかった。
「まぁ焦るな」
「ん…。はい」
思い出せないことが申し訳ない。
だけど火宮は、まったく気にする様子もなく、サラリと微笑む。
「っ…。や、ヤクザのお仕事って」
誤魔化すように尋ねた俺に、クックッと喉を鳴らした火宮が、社長椅子に向かって、そこに腰を下ろした。
「別に、普通の社長業だ。経営、商談、会議に他社との取り引き…後は株とか」
「へぇ…。ヤクザっていうと、ほら、闇金融とか…銃とか麻薬の密売とか、そういうイメージなのに」
まるで一般人と変わらないみたいな仕事をしているんだな。
「近頃は法の締め付けが強くてな。そういう商売では立ちいかなくなっているんだ。まぁうちは初めから、いわゆる経済ヤクザというやつだが」
「ほっぇ…」
「そもそも七重は銃器や麻薬の取り扱いはご法度だ。そういうものでしか稼いでいけないヤクザは、このご時世、生き残っちゃいけない」
ペラペラと話しながらも、手元の書類をポンポンと捌いていくその仕事っぷりがすごい。
「ヤクザといえども、いかに合法的に資金を生み出していくかが、今のやり方だ」
まぁ法スレスレで、抜け道は最大限利用だが、と悪い顔で笑う火宮はやっぱりヤクザか。
「それって、なんだかなぁ」
だったら、もっと悪いことをしている一般人の方がザラにいる気がするし、そういう一般人の方が、ずっとたちが悪い気がする。
「ククッ、だが代紋を背負っているからには、やっぱり俺たちはヤクザなんだよ」
商売は合法でも、そうでない部分はある、と、暗に言っている火宮の言葉は、なんとなくだけど理解ができた。
「辛いことをたくさん、乗り越えてきたんですね」
どうしてだろうか。
なんだかこの人を、思い切り抱きしめてあげたくなった。
「ッ!おまえは…」
俺はまだ、この人のことを何も知らない。だけどこの闇色を背負い、ヤクザになったこの人の背負っているものは、きっと軽いものではない。
そんな気がして、火宮を見つめたら、複雑な泣き笑いみたいに見える火宮の顔が、少し困ったように苦笑した。
「おまえを再び惚れさせようと思っている俺が、おまえにこう何度も惚れ直す羽目になるとはな」
クックッ、と喉を鳴らしている火宮は楽しげで、やけに愛おしそうに緩む瞳が、俺をじっと見つめている。
「ほ、惚れるとか惚れ直すとかっ…俺とあなたは男同士ですからねっ」
本当もう、何を恥ずかしいことを言っているのか。
「ククッ、俺は、おまえの性別なんてなんだっていい。翼が翼であればそれだけで」
愛している、とは言われなかったけど、その視線から伝わる言葉が照れくさくて、俺はパッと目を逸らして、火宮から逃げ出した。
「俺っ、お仕事の邪魔したら悪いしっ、暇だからっ。ちょっとこの中を探索してきますっ」
もしかしたら記憶を取り戻すきっかけを掴める何かがあるかもしれないし。
パタパタとドアに向かった俺を、火宮は社長椅子から笑いながら眺めている。
「それは構わないが、迷子になるなよ。それと、建物内からは勝手に出るな。他の階ではみんなそれぞれ仕事中だから、邪魔や悪さをするなよ?」
「しませんし!迷子になんてなりませんっ」
もう、俺をなんだと思っているんだろう。
んべー、と舌を出した俺は、ガチャッと社長室のドアを開けて、廊下に飛び出した。
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