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リクエスト⑪ 記憶喪失 7
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「ふむ」
腕組みをした和服のダンディなおじさまが、ジーッと俺のことを見ている。
会長室のソファの上、やけに居心地の悪いその視線に、俺は晒されていた。
「七重宗一だ」
ズシリと響く、重厚な声に、ピクンと肩が跳ねてしまう。
必死で記憶を掘り返そうとするけれど、やっぱりその名前も目の前のおじさまも、俺のデータベースの中には存在していなくて。
「そうか。おまえらも?」
「えぇ、残念ながら」
戸惑った俺から察したのか、七重と名乗ったおじさまの目は、隣の火宮に移った。
「そうか。火宮のこともな」
うむ、と複雑な表情を浮かべて、俺に戻る七重の視線が、心なしか残念そうだ。
「あの、俺…すみません」
なんだか酷く落胆させてしまったような気がして、しゅん、と小さく俯いた。
「オヤジ」
「あぁいや、責めてはおらんよ。俺を忘れて、火宮だけを覚えていたら、悔しいところだった」
「オヤジ…」
カラカラと笑う七重に、火宮が苦笑している。
「忘れてしまったのなら、また始めからやり直せばいい。翼くん、七重宗一だ。きみはいつも宗一さん、宗一さんといって、俺にとても懐いて…」
「オヤジ!」
わっ、びっくりした。
突然の隣からの怒鳴り声に、思わずビクッと飛び上がってしまう。
「おぉ怖。そう睨むな。翼くんも驚いているぞ」
「それはオヤジのせいでしょう?」
「ふははっ、悪い悪い。ほんの冗談なのにな。あぁそうさ、そこの心の狭い火宮のせいで、翼くんは俺のことを七重さんとしか呼んでくれなくてな。だが懐いていたのは本当だぞ」
な、なんなの、この人たち。
組長っていうからには、ヤクザの頭なんでしょ?
火宮もそうだし。
なのになんか、子供みたいに無邪気に言い合っていて。しかもやたらと朗らかに笑っていて。
「あ、の、ひ、みや、さん…」
思わず隣の火宮のスーツの袖をぎゅぅ、と握ってしまう。
「ククッ、こういう人だ。まぁ確かにおまえは、可愛がってもらっていたが。別に今のおまえが気に入らなければ、オヤジと無理に交流する必要は…」
「おい火宮。仮にも親に向かっておまえは」
「親っ?そういえばオヤジって…」
火宮のお父さんだったのか。
似ていないけど。
「組織上のな」
「へっ?」
「オヤジはうちの上の組織の組長だ。ヤクザ世界独特の関係性でな。盃を交わしてそういうことになるんだ」
「へぇ。あぁ、親分、子分みたいな?」
「火宮が俺の子分か。そりゃいい。だが、代紋をかついで、親子盃を交わしたくせに、ちっとも子分らしくないぞ、この男は」
「オヤジだって形式上で納得しているでしょう?」
「まぁな。ったく、上を上とも思わない不遜で傲岸なこの男はな、子分として飼い慣らせるような可愛いタマじゃないよ」
ニヤリ、ニコリと会話を交わす2人には、なんだか深い絆があるように見えて。
「仲良しなんですね」
「………」
「………」
あれ?俺、何か変なことを言っただろうか。
火宮と七重が2人して、とても微妙な顔で黙り込んでしまった。
「あの…」
「翼くんだなぁ」
「翼でしょう?」
「その惚気た顔」
「クックックッ、記憶があろうとなかろうと、翼が翼でさえあれば俺は」
「そうだな。まぁ記憶がなくなったということくらい、どうってことないな。翼くんには一大事だろうが、そんなに焦ったり構えたりする必要はない」
ケロリと言う、この七重という人は…。
「なにせ翼くんには、この火宮がついている。それに俺もな。たとえ以前の記憶が戻らなくても、今の翼くんと、また同じように時を積み上げていけると、俺も思うよ」
「っ…」
柔らかく目を細める七重の、伝わる思いがすごく優しい。
「ど、して、みんな…」
火宮といい、七重といい、忘れ去られてしまったことを、怒るでも責めるでもなく、こんなに俺によく、優しくしてくれるんだろう。
「ふははっ、不思議か?だがな、翼くん。きみは、記憶がなくとも翼くんなんだ。それが変わらないと分かるから、俺たちは何度でもきみを大切に思うようになる」
「そうだぞ。本当におまえは、記憶をなくしてもおまえのままで…」
あれ?
なんか火宮の目が、妖しく光ったような…。
「聞いたぞ、翼。備品倉庫をめちゃくちゃに散らかしたって?」
「え、あ…」
ま、真鍋さん?
いつの間に…。
ここに一緒に来て、その後は俺と火宮が座ったソファの斜め後ろに、黙って静かに控えていただけのはずなのに。
思わずバッと振り向いた真鍋の顔は、何を考えているのかさっぱりわからない無表情で。
「ククッ、ちょっと目を離した隙に、やってくれるな」
ニヤリ、と吊り上がったその口元に、とても嫌な予感がする。
「仕置きだ、翼。ほんのわずかな間に、チョロチョロと悪さをして」
仕置き!
もしかして、またキス…。
慌てた俺が、ガバッと口元を押さえた瞬間。
「クックックッ、倉庫内をやたらと散らかして、部下たちに片付けの手間をかけさせておいて、そんな程度で済むと思うな」
え…。
妖しく弧を描く、火宮の目に宿ったサディスティックな色気に、ゾクリと寒気がする。
「っーー!」
俺、知ってる。
この目を、この感覚を、いつかどこかで見たことがあるような気がする。
けれどそれは、霧の中にあるように、不確かでモヤモヤとした輪郭のはっきりとしないものでもあって。
「ひ、みや、さん…?」
ゆっくりと伸びて来た火宮の手が、そっと腕に触れた瞬間、ぞわりと全身の毛が逆立った。
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