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リクエスト12 暴走子羊と意地悪狼 4〜case真鍋
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ドクン、ドクン、と煩いほどに跳ね上がる鼓動を宥めながら、俺はピリッとした緊張感が漂う、幹部室内にいた。
「では翼さん、本日は1日、よろしくお願いします」
「は、はい…」
ひぃぃ、人形みたいに整った顔の無表情は、相変わらずど迫力だ。
何をされたわけでもないのに、意味なく萎縮してしまう。
「ではまずこの資料を見て、データ作成をお願いします」
ドサッと机に置かれた分厚いファイル。
ついでに渡されたノートパソコンを、横から真鍋が操作する。
「ここに、この資料の通りにデータを入力していって下さればいいだけですので。出来ますね?」
「はい…」
肯定しか許さない確認の声に、頷くほかできない。
「では私はこちらで別の仕事をしていますので。分からないことがありましたら、遠慮なくお声かけください」
そう言って、さっさと自分の仕事に取り掛かってしまう真鍋を見送りながら、俺はこっそりと溜息をついた。
また今日も事務仕事の雑用にこき使われるのか…。
夏原と考えることが同じだな、と、思いながら、パラパラと分厚いファイルをめくる。
うわぁ、面倒くさそう…これ。
細かい数字がびっしりと書かれたページを見て、げっそりとなりながらも、キーボードを打ち始める。
はぁぁ。本気で面倒くさい、これ…。
カタカタと、半分惰性でキーボードを叩いていた俺は、不意に間近に真鍋の気配を感じ、ギクリとなった。
ビシッ!
「ぎゃっ、痛った!」
「そこ、違います」
はぁぁぁ?
横から画面を眺めていたかと思えば、キーボードに乗っていた俺の手を、いきなり定規で打ってくるとか、なにごと。
ひりっとした手の甲を反射的にさすりながら、俺は恨みがましく真鍋を見上げた。
「何するんですかっ」
「何と言われましても…ミスの指摘ですが」
シラッと無表情で淡々と答えてこられても…。
「だからって何も叩くことないじゃないですか」
「私のやり方に、口答えをなさるおつもりですか?」
今日あなたは1日下僕なのですよ?と、細めた目で語られる。
「っ、でもっ…」
「ふっ、痛いのがお嫌でしたら、ミスをしなければいいだけの話です」
サラリと吐かれるそれは、正論だ。
正論に聞こえるけれど…。
「鬼っ」
この人、もしかして仕事中は、部下にもこうなんだろうか。
真鍋が歩くと事務所内に緊張が走る意味が分かる気がする。
「言いますね。ではちなみに、そのデータ入力は、1時間以内に終わらせて下さい」
「はぁっ?」
この量を?その短時間で?
なんて無茶振り。
馬鹿なんじゃないだろうか、この人。
「お済みにならなかった場合、超過した時間分、痛みという罰で償っていただきますので」
ヒュッ、と振られた定規が、事務椅子に座ったお尻に狙いを定めたのが分かった。
「そんなっ!」
「1分につき1発。お嫌でしたら、時間内に終わらせることです」
ただし、雑にやってミスをすれば、その分、手も痛くなりますが、って…。
「っーー!」
この鬼!どS。悪魔。
「なんとでもおっしゃられて下さい。あぁ、そうしている間にも、時間は過ぎていきますよ」
にっこりと、それはそれは綺麗な笑顔なのだけど、真鍋のその目だけが、まったく笑っていなかった。
「っ…やればいいんでしょっ、やれば」
半ばヤケクソになった俺は、鬼のようなスピードで、ダカダカとキーボードを打ち始め…。
「っしゃぁぁっ!56分32秒!」
どうにか、1時間を過ぎることなく、無事にデータ入力を終わらせた。
けれど、途中何度もミスを犯し、その度にビシバシと定規を食らった手の甲は、赤く腫れて、ジンジンと痛む結果になっていた。
「あー、もう、本当、鬼。苛めっ子。どS」
パタン、とデスクに突っ伏し、痛い手を撫でながら、ブツブツと文句を言う。
「ふっ、あなたは、下手なうちの部下より、かなり優秀ですね」
どうぞ、と、冷やしたタオルを渡してくれながら、真鍋がシラッと言っていた。
「は?あ、ありがとうございます、じゃなくて、え?それってどういう…」
「言葉の通りです。この仕事量を1時間以内など、出来ても池田くらいでしょうね」
「はぁぁぁっ?」
こ、の、人、はっ!
それはつまり、始めから俺にも出来ないだろうと思っていながら、そんな条件を出したということか。
意地悪だ、意地悪だとは思っていたけど、意地悪過ぎる。
「火宮さんなら、俺に絶対出来ない、って思うような無茶振りはしてこないのに」
この人は、サラリと素でそういう意地悪が出来てしまう人。
慈悲や甘さなど欠片も持たず、躊躇いなく人を追い詰め、それを楽しめる。
「会長の愛情がお分かりですか?」
「っ…」
珍しく表情というものを浮かべて、ふわりと微笑む真鍋に、俺は言葉を詰まらせた。
「ふっ、まぁいいでしょう。私と浮気なさろうなどと考えたあなたがお悪いのですから。次はこの大量の書類に判子押しです」
これまた1時間以内にお願いします、と、ドサァッと積み上げられた紙は、一体何センチの高さになるのか。
「この鬼真鍋ーっ!」
キラリと光った真鍋の眼差しと、脅しのように脇に置かれたプラスチック定規を見た俺の絶叫が、幹部室内にグワンと響き渡った。
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