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起動・メモリ内に記憶処理エラー発生
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鳥の声が聴こえる。頬を撫でる風が心地いい。踏みしめた地べたは少し柔らかくて、草の感触がした。目の前に広がる新緑は鮮やかで、それでもここには何かが足りない。そんな気がした。
俺にとって大切なはずの何かが…
*
「…ぃ」
「……ぉーい………」
「おーい!聞こえてますかー!」
若い女の声がして、重たい瞼を開けた。そこには俺の目の前で手をひらひらと揺らしながら覗き込むようにして何度も声をかけてくる人がいた。
「…えっ、と……何?」
聞かれたら返事をするべきだと思い、出した声は思いのほか弱々しくて、そういえば自分は何をしていたのだろうか。と記憶を整理しようとした。少なくとも大声選手権に出た覚えはない。
「良かったぁ。ちゃんと生きてたか。あなた、ずっとここで倒れてたから、てっきりそこらで賊にでも襲われて身包み剥がされて行き倒れてたのかと思っちゃったじゃないの。」
女はさっきまで忙しなく動かしていた腕を腰に当てて、全く心配させないでよ。とため息をついた。気づけば、先程までは近くにあった女の顔が遠ざかっていた。そこでようやく自分は長椅子に座っていたのだと知った。
心配、ね。そういえば、俺この人知らないんですけど。心配されたってことは、この人は俺を知っているのか?え、それだと俺が記憶喪失したってことになるけど、いやまさかね。
その不安を解消するためにも、と俺は恐る恐る彼女を見上げた。
「…あなたは誰ですか?」
それを聞くと彼女はムッとしてそっぽを向いてしまった。
「そういう時は自分から名乗るのが礼儀でしょ!私は北乃琉々華よ。」
え、何この人…名乗れって説教しておいて先に名乗ってる。…あまり関わらない方がいいかもな。でも、この人は俺の名前知らないみたいだ。良かった、俺記憶喪失してなかったんだ。
不安だった事が思い過ごしだったことに安心した俺は少し表情が緩んだ。
「俺はカナト。ただのカナトだよ。」
すると、北乃はその辺の枝を拾って地面の土にさらさらと文字を書いた。
「『ただの』ってさ、どう書くの?多田野、かしら」
真顔で問いかけてくる北乃を見て俺は腹を抱えて笑い出した。
「な、何よ!私変なこと言った!?」
顔を真っ赤にして抗議する北乃に俺は笑い過ぎて出てきた涙を拭いながら、ごめんごめんと謝った。
「違うんだよ。『ただの』は別に苗字とかじゃなくて、何の変哲もないとかそういう意味で言っただけなんだ。」
「そうならそうと早く言いなさいよ。なら、名前はどう書くの?それぐらいは」
「うん、俺ね。自分の名前は音でしか知らないんだ。だから、ただの『カナト』なんだよ。」
自分では明るく言ったつもりだったのだが、暗く聞こえてしまったのか、北乃は少し俯いて枝を道の端に放り投げた。
「そうだったのね。なんか、悪かったわね。」
「ううん。別に気にしてないし。ところで、この辺に麻の袋とか落ちてなかった?」
俺は長椅子の周りを見渡すが木や草、民家はあっても探し物は見当たらなかった。
「あなたを見つけたここの周辺には何も無かったわよ。あなた、まさか本当に賊に襲われて倒れてたの…?」
北乃が軽蔑に近い眼差しを向けてくる中、カナトは自分の記憶が正しければ、数日前に拾い集めた木の実や果物をあの麻袋に入れていたはずだ。と、明日からの食料のことを。もう一つ、いつも肌身離さず身に付けているはずの腕輪が無くなっていたことを、酷く心配していた。
「…そうかもね。記憶が正しければ、俺は東に向かって旅をしていたはずなんだ。確かに途中でここみたいな町を経由したこともあるけど、この町に来たことはない。それに、頭を打ったのか分からないけど、旅をしている理由を忘れちゃってさ。」
あはは。と頭を抑えて笑うカナトに呆れた北乃はため息をついた。カナトは笑い飛ばしてみてたが、内心は大切な腕輪を失くしたことで焦っていた。
マズイな。その辺の草むらに落ちてるならまだいいんだけど、体が彼方此方痛むから、俺が賊とやらに襲われたっていうのは多分いや、ほぼほぼ当たってると思うし。そいつ等に麻袋と一緒に持っていかれたとしたら…ヤバいよ、金目当てで売られでもしたら、探しようがないじゃないか。
「あなたって随分マヌケなのね。旅の理由まで忘れるとか。本当に賊に襲われて後ろから鈍器で頭殴られたんじゃないの?」
腕を組んで心に刺さる言葉をズバズバと言う北乃にカナトは多少傷つきはしたものの、腕輪のことを必死で考えて、自分の答えを出した。
「…北乃さん。その賊について、詳しく教えてくれないかな。」
「聞いてどうするの?まさか、」
北乃は鋭くなったカナトの目つきを見てギョッとした。
「その人たちに用事ができた。大事な物を取られちゃったからさ。奪い返さなきゃ。」
だって、あの腕輪は。
純一が俺のために作ってくれた、
大切な物なんだから。
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