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長男の奮闘
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とある金曜日の朝。
「にゃおん」
うちに珍しいお客さんが来ていた。
「突然預れって言われても…ねぇ…」
俺は動物は苦手ではないが、どうやらあまり好かれないタイプなようで。
「兄貴、俺ら学校行くけどその…大丈夫、か?」
「あぁうん…なんとかなるよ、大丈夫」
「そっか、んじゃいってきまーす!」
「いってきまーす」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
弟達を見送ったあと、さて…と客の方へ目をやる。
「サイくん…だっけ。今日はよろしくね」
「…なぉ?」
少しふてぶてしい態度の猫に、コミュニケーションを図ってみた。
猫はチラリと俺を見て鳴くと、とてとてとベランダ側に歩いていき、まるで自分の家かのような態度でどてっ、と日の当たる場所を陣取った。
あの…本当に猫なのかな…?もしかして中におじさん入ってたりしません……?
事の始まりは昨日。
突然知り合いから電話が入り、急な仕事で3日ほど家を留守にしてしまうから…頼れるのがうちしかなくて……と頼まれて、預かることになってしまったのだ。
そうして早朝に車でトイレやらカリカリやらと一緒に届けられ、今に至る。
たった3日なのでまあいいか、みんな猫好きだし喜ぶだろう、と思っていたのだが、今日だけはこの子と2人(1人と1匹)きりでお留守番という状況に…。
さっきも言ったが、俺はあまり動物に好かれないタイプならしい。
そーっと近づいて、しゃがみ込む。
「さーいくん」
「……」
無視されてしまった。
だが相手は猫だ、仕方ない。
そっと撫でようと手を伸ばすと、スッと振り向いて睨まれる。
数秒の硬直。
うっ……ここから動けば猫パンチを食らう気がする……。
スッと手を引っ込めた。
すると安心したのかふいとまたこちらに背中を向け、毛繕いを始めた。
らっくんのことを猫っぽいと思うことはよくあるのだが、このサイって子はむしろあまり猫っぽくない猫な気がする。
普通なら初めて来る家でこんなに堂々と毛繕いできないよ。むしろ「俺がここの主だ」くらいの貫禄を感じる。ここの主…俺なんだけどなぁ……。
改めて思う、猫なのにサイって名前もどうなんだ。
飼い主のことは前から変わり者だとは思っていたけれど、ネーミングセンスも変わっているんだね…?
なんて考えながら俺は、傍にしゃがみ込んだそのままの体勢で、しばらくサイをじっと観察していた。
真っ黒な毛に日の光が落ちて、ふわふわつやつやとしている。
もふもふ……もふりたい……でも絶対逃げられるか引っ掻かれちゃうなぁ………。もふ……。
よく見ると顔は可愛いほうだ。でもやはり態度がふてぶてしい。なんだろう、この……大物感は…。
そして毛繕いの最中なので、前足…手?の小豆のような肉球が見える。
ぷにっと…したい……したら……うん、絶対怒られる。
見れば見るほど触りたくなる気持ちをぐっと抑えて、俺はよし!と家事に手をつけた。
洗い物を済ませ、軽く掃除をし、洗濯物を取り込んでたたみ、一息つく。
いつの間にかサイはソファの端っこに移動しており、俺はその反対の端っこに座った。
ちらり。
なんとなく視線をサイへと移すと、どうやらあちらも俺を見ていたようで目が合った。
……そういえば、にゃんこと目があったらゆっくり瞬きするといいよー!的なことを聞いたことがあるなぁ。
そう思いながらゆーっくりと瞬きを……
「あっ」
しようとしたところで、サッと顔を逸らされてしまった。
挨拶する暇も与えてくれないらしい。うーむこれは手強いかもしれないぞ。
「さいくーん…」
「……」
「……にゃーん」
「……」
うっ……ごめんなさい似合わないのは分かってるしこんなので意思疎通できるとか思ってないけど試してみた俺が悪かったですそんな目で見ないでぇぇ…!
はぁぁ恥ずかし…っ!と手で顔を覆い、誰もいないはずの部屋を「聞かれてないよね…?」と見回した。大丈夫そうだ。
……何をやっているんだ俺は。
そんな俺などよそに、サイはウトウトとしている。
呑気だなぁ。羨ましいくらいマイペースだ。
用意していたコーヒーを口に運び、今頃らっくんは授業中かなぁ、なんて思いを馳せる。
…ちゃんと授業に出ているのだろうか。
担任の先生曰く、わりとよく保健室に行っているようだが、確実にサボりだろう。勉強は苦手じゃないはずなのに、好きでもないようなので、よく課題が嫌だテストが嫌だ授業がつまらないと嘆いている。
できないから嫌なのではなく面倒だから嫌だというのがらっくんらしいというか、流石だ。
俺も特別勉強が好きな訳では無いが、学生の時はそれなりに楽しんでやっていた記憶があるのでらっくんの言い分は絶妙に理解出来ずにいる。
ただ、俺が「教えようか?」と言うとやる気になってくれるので、教える人の問題なのかもしれない。
確かに教育の中で先生という要素はかなり大事だ。教える側の技量が、生徒のやる気に大きく影響してくる。
ちなみにそんならっくんとは違って樹は周りが何も言わなくても真面目に取り組んでくれるので、先生からも優等生だと絶賛されていた。
白も樹タイプだが、樹が努力で成績を保っているのとは違って白は元の頭の良さが大きい。
英樹は…うん、頑張ってはいるよね!
というかあの子は勉強よりも運動派なので仕方ない。誰しも得意不得意はあるものだ。
……俺も今不得意と向き合ってるしね。
何かを察したらしいサイが片目を開けて俺を見た。
そこでまた目が合ったので、今度はウインクを返してみた。
それを受け、スン……とまた目を瞑るサイ。
お?なんだ?さっきまでとはちょっと違う気がするぞ??さっきまでのガン無視や冷ややかな視線とは違って「ふーん…」くらいの反応だぞ!?…多分。
ちょっと慣れた?もしかしてちょっと慣れてきた?と淡い希望を抱きながら今度こそ撫でれるのでは…?と、そろーっと手を伸ばす。
「み゛ゃっ」
「ごめんなさい!調子乗りました!」
流石にまだダメなようだ。引っ掻かれてしまった…。
その後も懲りずに何度もスキンシップを試みてみたが、俺の手に生傷が増えるだけだった。
普段あまり傷を作らないので見慣れていない自分の手を「あーあ…」と見つめる。
サイなりに加減をしてくれているのか、幸い深い傷はないので特に手当はしていないが、蚯蚓脹れになるのは嫌なので傷口は洗った。
うーん、なんとか仲良くなれはしないだろうか。
3日一緒に過ごすのだ。嫌われたままは流石に嫌だ。
猫は好きだし、どうせなら仲良くなりたい。
「………やっぱここは…遊ぶ?」
「…!」
サイがちらりとこちらを見る。
さっきから思っていたが、多分この子は人間の言葉をある程度聞き取れる。
あの飼い主、さてはめちゃくちゃ話しかけているな。寂しい奴め。わからんでもないけど(現に今俺も話しかけているし)
「じゃじゃん!実は用意していたのです!」
「……!!」
俺が取り出した猫じゃらしを見るサイは、さっきまでとは打って変わった表情だ。
やはりある程度大人の猫とはいえ好奇心には逆らえないらしい、目がキラキラしている。
「ほれほれ〜」
ニヤニヤしながら挑発するようにブンブンと目の前で猫じゃらしを振って見せると、「こ、こんな…こんなものに屈してたまるか…屈して……うっ…!」とでも言ってそうな反応を見せてくれる。ふふふ、やはりサイも猫だ。
飛びつきたくて仕方が無いらしい、おしりをフリフリと揺らしている。
「さっ、さっ…」
「……〜〜〜!」
「それ!」
「っ!!」
これでどうだ!と猫じゃらしを一際大きく&素早く滑らせるとついに我慢出来なくなったサイがだだだっと追いかけてきた。
やった!とそのまま俺の周りの床をあっちこっち滑らせると、それを追いかけてどだだだだと走り回るサイ。
その必死さに思わず笑いが零れてしまう。
「ふふっ、ふふふ、こっちだよ〜ほれほれ〜あっ」
余裕をぶっこいていたら捕まってしまった。
すすす…と逃げようとするとまたでしっ!と押さえつけられる。案外力が強い。
「……」
「……」
離してよ。と見つめる俺。
離すもんか。と見つめ返すサイ。
「……あっ!」
「!?」
「あはは引っかかった〜!」
適当な方向を指さして声をあげると、サイがそれにつられて一瞬力が緩んだので、その隙に素早く猫じゃらしを引き抜いた。
あ゛っ!!というリアクションをしてまた追いかけてくる。
「はははは捕まってたまるかぁ!」
しばらくすると、走り疲れたのか、俺のそばに陣取って前を通るのを待ち始めた。ので、体育座りで座っている俺の足の下をすす…と通して誘ってみる。
べしっ
「痛いよ!!容赦ないね君!?」
「みゃーおん」
「うん何言ってるか全然わかんないけど謝ってないことだけはわかるよ」
靴下の上から思いっきり足にグサリと爪を立てられてしまった。痛い。
その後しばらく遊んで、少しは仲良くなれた……気がする?
「ただいま〜…ってあれ?なんだ、思ったより仲良さそうじゃん兄貴とサイ」
「本当だ。…手は傷だらけだけど」
「はは、冉兄なりに頑張ったんじゃないか?」
「写真撮ろう写真」
「お、英樹たまにはいいこと思いつくな」
学校から帰ってきた4人が目にしたのは、ソファで寝てしまっている里冉と、そこに寄り添って寝ているサイの姿だった。
早朝からバタバタしていたせいなのか、それとも遊び疲れたのか、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている里冉の手の引っかき傷を見て、サイに挑んでは引っ掻かれる里冉の姿が浮かび、4人とも「ふはっ」と吹き出した。
「…つか、そこ俺のポジショーン!!」
「猫に嫉妬とかやめてよ楽」
その時撮った里冉の写真は、後にL〇NEの兄弟グループで共有されていたのだった。
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