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この光野森小学校に赴任してからもうすぐ初めての夏休みがやってくる。
「いや~暑ちーっスね」
Tシャツをパタつかせながら僕の向かいのデスクについたのは桜庭浩介。
僕と同じく4学年の担任だ。
突然だが、僕はこの人が苦手だ。
「暑い暑い言ってるから暑いんじゃないですか?」
毎日向かい合わせに聞かされてるこっちの身にもなれってんだ。
「あー…鮎川先生、体温低そうですもんね。この時期にシャツにネクタイでも涼しい顔してるし」
「ただの慣れですよ」
それと、貴方みたいに子供達と放課後に鬼ごっこしたりとか、無駄にエネルギー使って無いだけです…
「俺はTシャツでも汗だくです。早くクーラー直らないですかね…っと」
そんな掛け声と共に桜庭先生はTシャツを脱いだ。鍛えられた身体が露になり、思わず目を奪われてしまった。
身体の線が細い僕とは全く違う男らしい筋肉が、しゃくに障る…
「あんまり見ないで貰えます?鮎川先生のエッチ」
僕の視線に気付き、桜庭先生は新しいTシャツに着替えながらそんな事を口走った。
「エッ…チってなにバカな事言ってるんですか貴方は」
「あはははは~冗談ですよ冗談!あんまりムキになると逆に怪しいですよ~」
この軽い体育会系のノリ…
おまけにTシャツ、アディダスのジャージにツッカケサンダル…典型的な体育教師スタイル…
初めて会った時から、この人とは生理的に合わないだろうなと思ってた。
でも僕が桜庭先生の事が苦手な理由はそれだけじゃなくて…
この人に借りを作ってしまったからだ。
それは一週間前、プールの授業中に起こった。
「よーし、じゃあもう一回25メートル泳いだら自由時間なー」
「はーい」
元気一杯、子供達の上げる水飛沫がキラキラと光る。
こうして見ると泳ぎ方にも一人一人個性があって面白い。
息継ぎ無しで最後まで泳ごうとして20メートルぐらいで足ついちゃう子とか、スイミングスクールに通ってる子なんかは、さすがにタイムも短い。
「お…ユウキまた早くなったんじゃないか?」
「へへへ…ねぇ先生、俺先生と競争したい!」
う…実をいうと、体育の授業の中では水泳はあまり得意ではないんだよな…全ての教科を担任が指導しないといけない小学校教師としては、最低限泳げる程度ではあるけど…
まさか小学生相手に負ける訳ないし…そんなキラキラした目で得意げに笑われたら…まぁ、いいか…
「よーし、分かった!」
自由時間のはずなのに、気付けば皆僕とユウキの対決に注目してプールサイドで盛り上がっていた。
「よーいスタート!」
合図と共に壁を蹴って、クロールで水を掻く…
水中で横のユウキを見ながら、明らかな体格差にちょっと加減しようかと思ったけど、そこは教師たるもの、負ける悔しさを感じてこその成長を願って、本気で泳ぐ事にした。
水面に足を勢い良くバタつかせた瞬間…
ーピキッー
「ーッ…!」
足が…足の筋が…つった!
「ガボッ…!」
立とうとするが、あまりの痛さに足を庇って立てない…
―バシャ!バシャ!―
自由の利く腕をバタつかせて、生徒達にこの緊急事態を伝えた。
誰か…気付いてくれ…
「あれ?…先生?…もしかして溺れてる!?」
「ぼ…僕、誰か呼んで来る!!」
そんな生徒達の騒ぐ声が水面越しに聞こえて来て、ホッとした瞬間、身体から力が抜けて意識が途絶えた…
「ん…せぃ…鮎川先生!!」
僕を呼ぶ声…
ーパチッ…パチッー
頬に走る小さな痛み…
「…ん…ッ…ゲホッ…ゲホッ!」
飲んだ水を吐き出し、咳き込みながらうっすらと瞳を開けると、目の前に桜庭先生の顔があった。
「…桜庭先生…」
「良かった…大丈夫ですか!?」
「はい…なんとか…ありがとうございます」
そう言って身体を上げると、生徒達の心配そうに僕を見つめる視線とぶつかった。
「みんな心配させてごめんな…先生大丈夫だから」
ん…?
何故かニヤニヤ笑っている女子がいる気がするが…気のせいか?
「鮎川先生と桜庭先生がキスした!」
は…?
「キスしたー♪」
一人が言い出したのを皮切りに、大合唱が始まった。
そして…僕は理解した。
桜庭先生が生徒達の目の前で、僕に人工呼吸を施したという事を…
「キ…キスじゃない!!これは人工呼吸と言ってだな…っ」
思わず大声で弁解を図った瞬間、ズキズキと頭が疼き出し、言葉を詰まらせた。
あぁ…クラクラする…
「ダメですよ鮎川先生大声出しちゃ。さっきまで気を失ってたんですから安静にしないと」
「だったら桜庭先生もちゃんと生徒達に説明して下さいっ!」
僕は桜庭先生を真っ赤な顔で睨み付けながらそう言った。
「そんな事より貴方を保健室へ連れて行くのが先です。生徒達には俺がちゃんと説明しておきますから」
桜庭先生は真剣な顔でそう言うと僕に手を差し出した。
いつものおちゃらけた桜庭先生と、どこか違う雰囲気に押され、素直に従いその手を取って立ち上がろうとしたけど…
「あ…あれ?」
腰に力が入らない…
「鮎川先生?もしかして…立てないんですか?」
「そう…みたいです」
今になって、あと一歩で死んでいたいう事実に、身体中が恐怖で震えて立てなくなってしまったみたいで…
「そういう事なら…仕方ないですね」
桜庭先生はニヤリと笑ってそう言うと、突然僕の膝下と背中に手を添えて…
「よっ!」
掛け声と共に僕の身体が抱き抱えられた。
「えっ?…ちょ…桜庭先生!?下ろして下さい!」
こんなの、どっからどう見ても俗に言うお姫様抱っこってヤツじゃないか!
「じゃあ、鮎川先生を保健室に連れて行くからみんな着替えて教室に戻ってろ。次の実習は俺が行くからなー」
桜庭先生は生徒達にそう指示をすると、そのまま保健室へと歩き出した。
僕を一行に下ろす気配の無い桜庭先生の腕の中で身体を捩って抵抗した。
「…いいかげん、大人しくして下さい。あんまり暴れると、今度は本当にキスしますよ」
「う…」
抵抗を封じるには効果絶大な台詞に、大人しく口を噤み、抵抗を止めると…
「うわー…そこまで大人しくなられると逆に傷付きますね」
「あ…貴方が大人しくしろって言ったんでしょう」
「それはそうなんですけど、そんなに俺にキスされたくないのかなーと…」
「当たり前です!」
人工呼吸をするのとは、根本的な意味合いが違う。それに、男同士でキスなんて何を考えてるんだこの人は…
「あははは…それにしても鮎川先生男なのに軽いっスねー。もっと筋肉付けた方がいいですよ」
「……」
この人、絶対僕の事からかって遊んでる。
『無神経な筋肉バカはきっと脳味噌まで筋肉なんでしょうね…』
なんて、命の恩人に向ってそんな事は口が裂けても言わないが…
もともと人に貸しを作るのはいいとして、借りを作るのは好きじゃない…
それに、よりによって桜庭先生になんて…
あれ?
そう言えば…なんで‘よりによって,なんだっけ?
「…んせい…鮎川先生聞いてます?」
「あ…すいません、何でしたっけ?」
「このプリント目通しておいて下さい」
そう言って桜庭先生に渡されたプリントには、先生達の夏休みの間のシフト表が書いてあった。
公開プールの監視役や、その他学校管理で夏休みの間も先生は何かと仕事が多い。
それはどこの学校もそうだからいいとして…
ふとプリントの中に気になる項目を見つけた。
「夜間宿直…って?」
「あれ?教頭先生から聞いてませんか?先生の前いた学校は都会の学校だったから無かったんでしょうけど、ウチは昔ながらのやり方なんで、先生がやるんですよ」
そうか、警備システムが殆ど皆無なこの学校じゃ、夜間の見回りも先生自ら行う訳か…
「と、いう訳でよろしくお願いします」
「え?」
「俺、地元こっちなんで、どうせ暇だし、毎年殆ど俺と、その年の新任の先生が二人でやるんですよ」
て事はつまり…
「初めの何日かは宿直の流れを教える為に、俺と鮎川先生二人で泊まる事になるので予定空けといて下さいネ♪」
‘下さいネ♪,って…そんな満面の笑みで言われても…
「あの、マニュアルとかあれば僕、初日から一人で出来ると思うので別に二人で泊まら無くても大丈夫です」
貴方と一緒に泊まるなんて、冗談じゃない!
と、叫び出しそうになるのを押さえつつそう言うと…
「あーマニュアルとか無いんで、一緒じゃないとダメっス」
もの凄い即答でそう返って来た。
「そうですか…」
仕方ない。
郷に入れば郷に従え…
気付けば僕はその言葉を何度も繰り返していた。
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