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夜道
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しかしこんな時間になんの警戒心もなく開けるわけにはいかず、ジッと扉を睨んでいると再びノック音。
「……レイ?いないのか?」
だけどその声を聞いた瞬間に、身体から力が抜けた。
「なんだ、お前か」
「なんだってなんだよ。失礼だなぁ」
俺は扉を開けた。
金色の髪に、優しげな青い目。だけど右頬の大きな傷痕と大柄な身体のせいでちょっと怖そうな印象を持たれる男、ラルス・ヘルゲンが立っていた。
「なにしに来たの?今日は残業だって言ってたじゃん」
「他の人に押し付けてきた。そんでレイの職場に行ったんだけど、もう帰ったって言うから」
馴染みの顔に安心したくせに素直じゃない態度を取ったにも関わらず、ラルスは対して気にした様子がないどころか、「無事に帰ってきたみたいでよかった」と頰を緩めた。
俺が心配だったから、仕事を放り投げてきたってのか……?
「あ……、当たり前じゃん。俺もう20歳だよ。一人で帰れるし」
俺はラルスから視線を外して、自分の足元を眺める。
「俺からすればお前はずっとガキなんだよ。ガキの心配してるだけだ」
「……まあ、確かに俺からすれば、ラルスはおっさんだけど」
「なんだとっ」
「22も離れてんだぞ。十分おっさんだ」
ブツブツと「体臭と口臭には気をつけているんだけど」とかなんとか言っているラルスの腕を引っ張った。
「それより、ラルス。……あがっていく?」
わざわざ家にまで来てくれたのだから勇気を振り絞って言ってみたが、ラルスはちょっと困ったように笑って首を振った。
「帰るよ。もう遅い時間だし、レイがちゃんと帰って来てるか確認しにきただけだし」
「そう……」
やっぱり断られた。
気にしてないフリを装ったがラルスの大きな手が俺の頭をワシャワシャと撫でてくる。
びっくりしてすぐに手を離したけど、ラルスはそれを見てニヤリと笑った。
「また今度来るからよ」
「……あっそ」
先週も同じこと言ってたくせに。
思わず低い声が漏れて、ラルスはその目を大きく見開いた。
「な……なんだよ、不貞腐れてるのか?」
「別に」
さっきは何しに来たと言っていたのに、帰ると言えば言ったらで不貞腐れる。そんな態度を取ってラルスを困らせてしまう自分に嫌気もさすが、約束を破るラルスにも腹が立つ。
どう声をかけたらいいのか分からない。
そんな様子で口を開けたり閉じたりしているラルスになにか言わねばと、俺はラルスの顔を見つめる。
ラルスが家に上がりたがらない理由は知っている。
遠慮しているのだ。俺ではなく、俺の……、
「あ、あのよ、ラルス、俺……っ」
「……人の家の玄関先でなにをやっている」
不機嫌そうな低い声。
俺はその声を聞いて言葉が途切れた。一瞬ラルスが喋ったのかと思ったが、すぐに違うと気付く。
ラルスの顔色がさあっと青ざめていき、慌てて振り返ると、ラルスよりも少し身長の低い赤茶色の髪をした男が立っていた。
普通タレ目の人はどこか優しそうな印象を受けるのだが、彼の場合そんな印象は微塵もない。眉間に刻まれたシワ、鋭く光る瞳。その目に睨まれると俺でさえも萎縮してしまう。
「お……、おかえり、父さん」
息子である、俺でさえも。
ラルスが若干強張った笑顔をうかべながら、右手を軽く上げた。
「よ、よお、クシェル。おかえり。こんな遅くまでご苦労さんだな。な、なにかスクープでもあったのか?」
「……ああ、おかげさまでな。先月から騒ぎになってた連続放火魔が捕まったらしい」
「おお、そうか……。それは、良かったな。ああ、良かった」
父さんは全く笑わないどころか、表情一つ変えない。俺のことなど一瞥もせず、持っていた紙袋を俺に押し付けてきた。
「……ラルス。こいつを甘やかしてまだ迎えに行っているのか?もう20歳だし、なにより男だ。そこまで手をかける必要はないと思うが」
父さんの冷たい声に、ラルスの顔が強張る。
「い、いや……そうは言ったって、お前だって分かってるだろ?レイは、」
「っ、俺が……!俺が、頼んだんだ!」
俺は慌てて二人の間に入って、父さんの右肩を掴んだ。
「一人で帰るのは怖いからって、ラルスに甘えてた。ごめん父さん、これからは一人で帰るようにするから……」
父さんは俺の手を振り払いながら、俺のことを睨む。
てっきり小言の一つでも言われるかと思ったが、父さんは俺の顔を睨んだだけでなにも言わずに踵を返してキッチンへと消えた。
「……ごめん、ラルス」
なにか考える前に自然と謝罪の言葉が出た。余計なお節介を焼こうとしたばっかりに、ラルスに嫌な気分にさせてしまったという申し訳なさからだったが、ラルスは首を振った。
「レイはなんにも悪くない。もちろん、クシェルもな。……俺が悪いんだ」
「な、なんで……!ラルスの方がなにも悪くねえよ」
ラルスは困ったように眉を下げて笑った。
「もう遅いから、帰るな。俺が行ったらちゃんと玄関の扉に鍵をかけろよ」
俺が頷いたのを見て、ラルスは軽く手を振りながら玄関の扉を閉めた。
……どうして上手くいかないんだろう。
キッチンに行くと、父さんはお湯を沸かしていたが、俺に気付くと持っていた紙袋を指差した。
「レイ、それにパン入ってる。出してくれ」
「……なあ、父さん」
「なんだ」と、父さんが棚の戸を開けながら尋ねる。
「……父さんはラルスのこと嫌いになったの……?」
父さんの動きが止まった。
父さんとラルスは同い年で、子供の頃から仲が良かったと聞く。
大人になっても父さんはしょっちゅうラルスを家に呼んで、母さんも混じって一緒にご飯を食べたり、お酒を飲んだりしていた。
……あの日までは。
「父さん、おかしいよ。前まではラルスにあんな態度取ってなかったのに……。ラルスとなにかあった?」
父さんはなにも言わず、カップを取り出して
テーブルに置く。
「父さん、」
「レイ、明日は朝早いんだ。早く飯食ってさっさと寝ろ」
俺に背中を向けたからどんな表情をしているか分からないが、露骨に話を逸らされた。
肯定もしないが、否定もしない。
それはある意味認めているのと同じではないだろうか?
「……母さんが、いなくなったから?」
俺にはそれしか考えられなかった。
「父さんがおかしくなったのは5年前に母さんが行方不明になってからだ。母さんが居なくなったこと、ラルスに八つ当たりなんかしたの?」
「……レイ」
父さんが肩越しに振り返り、俺のことを睨んできた。刺すようなその視線に背筋が凍る。
だが、口を閉じことはしなかった。
ずっとずっと言いたかったことがあった。
「なあ、父さん。父さんはもしかして母さんが居なくなったことで、なにか知っているんじゃないかっ?だって、父さんと母さんが喧嘩してたの、俺、知ってる……!」
父さんが、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「っ、父さんが……」
俺はギュッとズボンを握り締めた。
「父さんがそんなんだから、母さんもアイツも居なくなったんじゃねえかッ!?」
刹那、手が伸びてきて俺の胸倉を掴み、思い切り壁に叩きつけられた。
少し遅れてジンッと背中に痛みが走って表情を歪めたが、目の前にある父さんの顔を見てハッとした。
「……そんなに気に入らないのなら、この家を出て行けばいい」
父さんの声は、ひどく静かだった。
俺は父さんの手を振り払い、二階の自室へと駆け込んだ。……いや、逃げ込んだ。
乱暴に閉めた扉へと寄りかかり、震える息を吐き出す。
「……くそったれ」
酷いことを言った。
心のどこかで、ずっとずっと隠していた醜い感情を曝け出してしまったのだ。
……あれほど表情を変えなかった父さんが、すごく悲しげな顔をしていた。それが脳裏に焼き付いて忘れられなかった。
どれだけ後悔しても、吐き出してしまった言葉は戻ってこない。
『魔女の子供』
『穢らわしい』
『こっちに来ないで』
言葉は凶器であることを、俺は知っていたはずなのに。
俺は扉に寄りかかったまま、その場に座り込んだ。すると窓から月が見えた。
……満月が、近い。
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