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狩り
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人喰い狼。
「……は、っ」
そう聞いて思わず吹き出してしまった。
「な、なに笑ってんだレイ!」
ラルスが血相を変えて、声を荒げた。
「いやいや、狼なんていないよ。そんな言い伝え信じてんのか?なんか意外」
むしろラルスだったら「そんなのいない!もしいたら俺が倒してやるから、出てこい!」くらい言いそうなもんだが、まさか怖がっているとは思わなかった。
散々笑ったあとラルスのことを見ると、めっちゃ呆れた顔をして俺のことを見ていた。
「あのなあ、レイ。ほんとにいるんだって。お前も気をつけた方いいぞ」
「そう思う根拠はなんだ?」
ラルスは少し考えたあと「なんとなく」と消えそうなくらい小さな声で呟いた。
やっぱり言い伝えにビビってるだけじゃんか。
狼の被害に遭ったなんて話、少なくとも俺が産まれてから20年間聞いたことがない。
「あんなの、子供が一人で森に行かないようにとか、子供に言うことを聞かせるために言ってんだぞ。俺もガキの頃は「野菜食べないと狼さんの森に連れて行くからね!」って言われたもん」
子供の頃そう言われると泣きながら野菜を食べたもんだが、今思い返せばただの子供騙しだ。
「たけど、今時子供すら狼なんて信じないし、やっぱりただの……、」
言葉が途切れる。
ラルスが、俺の腕を掴んだからだ。
ラルスは眉間に皺を寄せ、なにかを言おうとして口を開いたが、すぐに下唇を噛んで黙り込む。
「……ラルス?」
あまりにも怖い顔をしているから、俺の顔も自然と強張る。
ラルスは少しの間黙っていたが、やがて決心がついたと言わんばかりに口を開いた。
「っあのな、レイ、実は」
そのとき、コートを引っ張られてハッとした。
コートを引っ張ったのは前を歩いていた男で、前方を指差す。その方向を見遣ると、立派な角の生えたシカが罠に引っかかって身動きを取れずにいた。
「オスか……大きいな」
そのシカを見ながら父さんが呟いた。
父さんたちが仕掛けておいたであろう罠は、獲物が板を踏み抜いた瞬間、ワイヤーが脚にかかるという仕掛けである。ワイヤーは罠に引っかかったオスジカの右前脚を捉え、シカが俺たちに気付いて暴れても外れないくらい強烈に締め付けていた。
父さんが俺のことを見て、顎でシカを指す。
殺せ、父さんの目がそう言っている。
罠にかかったシカをどう殺すか俺は知っていたが、シカの黒くて丸い瞳に見られると「可哀想」が勝ってしまい、動けなかった。
「……甘ったれが」
そんな俺を見兼ねて父さんは舌打ちを零すと、他の猟師に指示を出した。
俺の代わりにシカのトドメを命じられた男二人は、俺のことを冷ややかな目で見てきた。
「お前はやっぱりクシェルさんの贔屓で猟師になったんだな」と、そう言われているようだった。
一人の男がそこらへんに落ちていた太い木の枝を拾ってきて、暴れるシカと上手く距離を取りながら、その頭を思い切り叩く。
俺は見ていられなくて、思わず顔を背けた。
そしてシカを弱らせて、もう一人の男が心臓を一突きにする……はずだったが、追いやられたシカが思い切り男の腹を蹴っ飛ばした。
死ぬか生きるか、瀬戸際だったシカの渾身の一撃。
男の体勢は容易に崩れ、背中を地面に打ち付けた。
「っ、なにやっている……!」
シカは倒れた男に再び攻撃しようとしてきたが、父さんが男の腕を引っ張り、なんとか回避した。
トドメを指すはずだった男が慌ててシカに近寄ろうとしたが、シカは狂ったように暴れ、ワイヤーから逃れようとする。
近寄ればその角やひづめで攻撃される。近寄ることも出来ず、咄嗟にラルスが猟銃を背中から下ろそうとしたが、そのとき、なんとも嫌な音がした。
「あ……っ」
俺は目を見開いた。
シカの右前脚が千切れたのだ。
俺はそれを見た瞬間、銃でシカを撃った。
狙い誤らず、弾丸はシカの心臓が撃ち抜き、シカはよろよろと数歩歩いたあと地面に倒れた。
あたりはシンと静まり返り、本来の森の静けさを取り戻す。
父さんの溜息が聞こえた。
「可哀想」なんて綺麗事だと知っていたはずだ。
俺たちは動物を殺し、食べて、生きている。
初めての狩りはなんとも苦いものとなった。
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