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森に住む男
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頭が、痛い。
頭痛に起こされてうっすら目を開けると、見慣れぬ天井が見える。
「……え?」
俺は大きなベッドの上に横たわっていた。
咄嗟に起き上がろうとしたが、後ろ頭に痛みが走って顔を顰めた。そろりと頭に指を這わせてみると、大きなたんこぶが出来ている。
そこでようやく思い出した。
俺は雨の中、森を歩いていたはずだ。そしてぬかるんだ道に足を滑らせて、頭を打って……その後の記憶がない。
俺はゆっくりと上半身を起こすと、自分がいる部屋を見渡した。
一人で寝るには大きすぎるベッド、ベッド横に置かれた小さなテーブルの上に時計があり、長い針は5を指している。振り返ると大きな窓があって、見えたのは生い茂る木々だ。まだ明るいところを見ると明け方の5時ではなく、17時なのだと分かった。
他には閉められた扉の横に小さな本棚があるだけで、とても殺風景な部屋だ。
ここは俺の家ではないが、ラルスの家でもない。気絶した俺を病院にでも担ぎ込んだのかと考えたが、明らかに病院ではない。窓の外の景色を見る限り、俺はまだ森にいるようだ。
そして、この部屋には俺しかいなかった。
ラルスの姿も、父さんの姿もない。
……自分がどこにいるか分からない。
表現し難い不安に視線を落とすと、自分の物ではない白いシャツを着せられていたことに気付いた。
「通りで濡れてないわけだ……」
手の甲を覆うほどの長い袖、ぶかぶかで明らかにサイズが合っていない。布団をめくってみると、これもまた見知らぬ黒いボクサーパンツを履いていた。
どうやら誰かが濡れた俺の服を替えてくれたらしい。
でも……、誰が?
ベッドから抜け出した俺は、ゆっくりと部屋の扉を開けた。
……なんだこれ、いい匂いがする。
美味しそうな匂いが俺の鼻孔をくすぐった。
さっき俺がいた部屋が寝室というなら、ここはリビング兼キッチンだろうか?二人がけのテーブルの奥に、食器棚やら大小様々な鍋やフライパンが見える。
そして、このいい匂いをさせているであろう大きな鍋は火にかけられており、グツグツと音を立てていた。
ぐうっと腹が鳴った。
そういえば昼飯食っていなかった。
ふらふらと、その匂いに誘われるように鍋に近付いていく。この匂いはシチューかな。鍋を覗き込んでみるとやっぱりシチューだ。ゴロゴロとした具材が入っている、すごく美味しそう。
「……腹、減ったのか?」
突如声をかけられたことに驚愕して、自分でも訳の分からない声を上げながら振り返ったのだが、あまりにもびっくりしたせいで足がもつれる。
あわや後ろに倒れて鍋をひっくり返すところで、がっちりとした腕が俺の腰を支えた。
目の前に、褐色の肌をしている男の顔があった。三白眼気味のその目は鋭かったが、自然とその瞳から視線を外せなかったのは、そのくらい彼の瞳は綺麗な琥珀色をしていたからだ。
「あ……、ありがとう、ございます」
男が不思議そうに首を傾けたことで我に返り、俺は慌てて男から離れた。
歳は……30代くらいだろうか。俺よりも頭一つ分は大きいから、190センチありそうな身長。腰まで伸びた髪の毛は灰色で、伸ばしているというより、伸ばしっぱなしという印象だ。だが不思議と不潔感がないのは小綺麗な格好と整った顔立ちのおかげか。
「あの……ここは……?」
男は「ああ」と窓の外を見遣る。
「森の奥にある俺の家だ。たまたまお前が倒れているのを見つけて、雨の中放っておくのもと思って拾ってきた」
拾ってきたって、猫じゃねえんだから……。
危うくその言葉が喉元まで出かかったが、助けてくれた相手にそんなことを言うわけにもいかず、なんとか飲み込んだ。
俺は着ているシャツを軽く引っ張った。
「これも?」
「濡れていたから俺のシャツを着せた。ズボンも貸すつもりだったが、かなりデカそうだったからパンツだけ履かせた」
男が指差した方向を見ると、壁の隅にあるカゴの中に俺の着ていたコートやらシャツが入っていた。
よく見れば床も濡れており、確かにあのまま濡れた服を着ていたら余計身体を冷やしてしまっていたかもしれない。しかもあんな泥だらけなところで転んだのに顔も髪も汚れていないところを見ると、もしかしたら綺麗にしてくれたのかも。
「ええっと……、なにからなにまでありがとう」
握手を求めて手を差し出す。
「俺はレイ・ギーツェン。20歳になったばかりでこの森に猟に来てたんだけど、雨で滑って転んで……そのとき気を失ったみたいだ。すごく助かりました」
男は俺の顔と手を見比べてからゆっくりと俺の手を握り、静かに「キオンだ」と名前だけを名乗った。
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