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森に住む男
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もしや朝まで寝れないんじゃないかと思っていたが知らないうちに眠っていたようで、雨で濡れた窓に朝日が射し込み、キラキラと光るその眩しさから目を覚ました。
自分がどこにいるか一瞬分からなかったが、この大きなベッドのおかげですぐに思い出す。
隣を見たけど、キオンはもういなかった。
「……痛い」
頭痛がする。
多分、頭に出来た大きなたんこぶのせいだ。
ふらふらと寝室を出て、昨日シチューを食べた部屋に行った。
キオンはテーブルの上でパンを切っており、俺に気付いて顔を上げたのだが、こちらの顔を見るなり眉間に皺を寄せる。
「……なんだ、その顔」
「はあ?」
人の顔を見るなり、なんて失礼なやつだ。
キオンはナイフを置いてツカツカと歩み寄ってくる。あまりの勢いにたじろいだが、逃がさんと言わんばかりにキオンの腕が腰に回され、もう片方の手が俺の額に押し付けられる。
「ん、……っ」
思いの外キオンの手がひんやりとしていて、俺は肩を震わせた。
キオンは暫し気難しそうな顔で黙り込んでいたが、やがて小さくため息をついた。そして手を退けたかと思えば、ひょいっと俺の身体を軽々と横抱きにする。
「……あ?」
おひめさま、だっこ。
突然のことに言葉を失っているうち、寝ていた部屋へと連れ戻され、ベッドに放り投げられた。
「っ、な、なにしやが」
「黙って寝てろ」
「あぁっ!?」
意味が分からねえ。
俺は起き上がろうとしたが、ものすごい力で肩を押しやられる。抵抗したものの、キオンの力には全く敵わなくて、俺の方が先に力尽きた。
キオンは、わざとらしいくらい大きなため息をつきながら、俺の身体に布団をかけて言った。
「お前、熱あるぞ。多分昨日雨に当たったからだな。頭痛とか、吐き気とかねえのか?」
「え、あ、熱……?」
言われるまで全く自覚がなかった。
いや、そういえば起きたとき頭が痛かった……。あれはたんこぶのせいじゃなくて、風邪ひいて頭痛がしてたのか?まさか。
「取り敢えず寝てろ」と言い捨て、キオンはさっさと部屋を出て行き、俺はまた一人になった。
熱があるなんてそんなバカな。
すぐに起き上がって自分の顔を触ってみた。
……よく分からなかったが、起きているのはなんだかしんどいから、また横になった。
すぐにキオンが戻ってきた。
俺の前髪を掻き上げ、額に冷たいタオルを乗せる。最初はその冷たさに身体がブルッとしたが、慣れるとすごく気持ちいい。
キオンは俺の顔を覗き込んだ。
「顔が大分赤いな……。取り敢えず今日も安静にするんだな」
それって、今日も泊まっていっていいってこと?
すぐに「でも」と反論したが、聞こえているんだか聞こえていないんだか、キオンは再び部屋を出て行く。かと思えば数分もかからぬうちに、今度は両手に器とスプーンを持って戻ってきた。
「食うか?」
「なにそれ」
「昨日の残りだが、食欲があるんだったら食べた方がいいぞ」
シチューだ。
「……いらない」
だけど、なにかを食べる気分にはならなかった。
それを聞いてキオンはほんの少し眉を下げたが「そうか」と呟いて、無理強いをすることはなく、寒くないように俺の身体にきちんと布団をかけてくれた。
……見ず知らずの俺に、どうして親切にしてくれるんだろう。
部屋を出て行こうとするキオンの裾を、俺は掴んだ。
「どうした?」
キオンが振り返って俺の顔を覗き込む。
キオンの琥珀色の瞳に俺の顔が映ったのだが、その顔がなんとも情けない。心配そうな、不安そうな、怯えた表情である。
ここまで良くしてくれた人を疑いたくはないが、なんのメリットがあって俺の世話を焼くのか。
聞くのが、怖かった。
父さんも、ラルスも、もう俺は頼れない。
ひとりぼっちになってしまったこの状況で、唯一俺の救いになってくれている彼に、どう思われているのか知るのが怖い。
「……レイ?」
呼び止めたのはいいものの、なかなか言葉が出てこなくて押し黙っている俺に、キオンは首を傾けた。
「腹でも痛いのか?」
「……ううん」
「それとも、寒いのか?」
「大丈夫」
なにも言っていないのに身体の心配をしてくれる、見ず知らずの男。
俺は彼がなにを考えているのか分からない。
「……なあ、キオン」
「なんだ?」
「どうして……、こんなに親切にしてくれるの?」
聞くのが怖かったが、知らねばならなかった。
キオンの表情が固まる。
「それは……」
そこまで言うと、キオンは無言で手を伸ばしてきた。
大きな手が顔に向かって伸ばされ、思わずビクッと身体を震わせたが、その指はこれ以上ないくらい優しく俺の赤い髪を撫でた。
まさか髪を触られるとは思わなくて、びっくりして目を大きく見開く。その間に、キオンは何度も何度も大きな掌で俺の髪を撫でてきて、俺からすれば髪に触られているというより頭を撫でられている感覚である。
「あ、……あの、キオン……っ?」
「ああ、つい……」
この状況に混乱しながら名前を呼ぶと、ようやく手を離した。
つい?
キオンは目を細めた。
「……お前を一目見たとき、なんて綺麗な髪の色だと思った。だから、放っておけなかった」
「は?」
「そんだけ」
キオンはバツが悪そうに後ろ頭を掻いて、「いいから病人は寝ろ」と言い残すなり、どしどし足音をさせながら部屋を出て行った。
……なんだ、今の。
さっき撫でられた髪に指先で触れてみる。
その瞬間、一気に熱が上がったみたいに、足の指先から頭のてっぺんまで熱くなった。
髪が、綺麗?俺の髪が綺麗だって?
なんだそれ、なんだそれ……!
きゅうっと胸が締め付けられた気がした。うるさいくらい心臓がバクバクする。
きっと、風邪のせいだ。
俺はこの息苦しさを、全部風邪のせいにした。
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