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割れた皿
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キオンが一歩前へと進んだ瞬間、床に散乱した皿の破片を踏んだ。確かに踏んだはずなのに、当の本人は眉一つ動かさず俺との距離を詰めてくる。様子がおかしいのは明らかだった。
背中に嫌な汗が流れる。
横目で外へと繋がる扉を見遣り、距離を測る。
一か八か……、俺が扉に向かって走り出した。それとほぼ同時に床を蹴る音がし、キオンが一瞬で距離を詰めてくる。
「う、あ……!」
キオンの大きな手が俺の首根っこを掴んで顔面を思い切り床に叩きつけられ、額と鼻がジンとする。その手を振りほどこうとして無我夢中で手足をばたつかせているうちに偶然右足でキオンの腹を蹴り、首を掴む手から力が緩んだ。
その先に腕を振り払ってドアノブに手をかける。
外に出る……、扉の隙間から外の光が漏れたが、キオンの腕が伸びてきて、バンッと音を立て乱暴に扉が閉められる。
逃げ場を失い、恐る恐る振り返った。
それと同時に俺は扉に押し付けられながら、キオンに抱き締められていた。
息を飲んだ。
さっき乱暴に俺の首根っこを掴んだキオンの腕が今度は俺を抱き締めている。それが恐怖でしかなく、俺は表情を強張らせる。
「や、やだ、離せ……!」
キオンの胸元を叩くが余計強く抱き締められ、キオンは俺の首筋に顔を突っ込んできた。
生温い吐息が首にかかって、ぶるりと身体を震わせた。
「……少しだけ」
「っえ?」
黙り込んでいたキオンがようやく口を開いた。
「少しだけ……、抱き締めさせてくれ」
キオンの声は今にも消えてしまいそうだった。
返事をする前に、キオンが俺の首にキスをした。
「っ……」
びっくりしてその身体を押しやろうとしたが、キオンの身体が小さく震えているのに気付いて躊躇する。
キオンの呼吸は荒くてなんだかすごく苦しそうだったが、その呼吸を首筋に感じているうちにいつの間にか恐怖心は消え去っており、今度は困惑した。
どうしてキオンがそんなに苦しそうなのか、俺には見当もつかなかった。
すうっとキオンが大きく息を吸う。まるで俺の匂いを肺いっぱい吸い込んでいるみたいで、それを最後にキオンは身体を離した。
「キ、キオン……」
キオンは明らかにつくり笑いだと分かるくらいぎこちなく笑った。
「……突然悪かった。もういいから寝ててくれ」
「でも」
キオンは俺から視線を外し、小屋から出て行った。
「な……、んだったんだよ……」
全く訳が分からない上に、キオンは説明する気もなくいなくなっちまった。
あまりにも勝手で呆然としていたが、視界の端で床に散乱した皿の破片を捉えて我に返る。
手を切らないように注意しながら、破片の一つを手に取る。その破片にはちょっと血がついていて、やっぱりキオンがそれを踏んだのは間違いない。どのくらい痛いのか分からないが、痛がる素振りを全く見せずに普通に歩けていたなんて不自然だと思う。
……あまりにも痛みに慣れている、とか?
「なんてな」
俺は首を振り、破片を片付けた。
それから1時間待ってもキオンは帰ってこなかった。ベッドの上で、答えの出ないさっきの出来事を考えてきたのもいい加減飽きてきて、俺は身体を起こした。
熱はもう下がった気がする。頭も痛くないし、ダルさもない。ほんとに……、明日ここを出て行けそうだ。
俺は目を細めた。
このまま明日を迎えたら、多分、震えていたキオンのことを思い出して一生モヤモヤすると思う。
……そんなの絶対嫌だ。
俺はじっとしていられなくなって、ベッドから抜け出した。
キオンを探しにでも行こうか。
外に出ようと思ったが、そういえばと足を止める。
俺とキオンが寝ている部屋の隣に、実はもう一部屋あるのだ。でもその部屋がなにに使われているかも、中がどうなっているのかも知らない。
だがその部屋にキオンの正体に繋がるなにかがあるかもしれない……。そう思うと、さっきまでは気にも留めていなかったのに妙に気になり出した。
気付けば、その部屋のドアノブに手をかけていた。
少しだけなら……、キオンがまだ戻ってこないのを確認してから扉を開けた。
勝手になにかあると期待していただけなのに、俺は扉を開けて拍子抜けした。
なんてことない、俺が寝ている部屋と同じ造りの部屋だった。
分厚い本が何冊も床の上に置かれ、洋服なんかもこの部屋に置いているみたいだった。その他には木の桶やら、毛布やら、乱雑に様々な物が置かれていた。
どうやら物置きにでも使っているみたいだ。
よく見れば、それらの中に俺の洋服もあった。きっと乾かして、ここを出て行くときに渡そうとしてくれていたのだろう。……あれ、銃がない。どこにやったんだろう。
猟銃を探してキョロキョロしていると、壁際にぽつんと置かれた棚を見つける。
この棚の中に銃なんて入っていないだろうが、なんとなくその棚の引き出しを開けると、ペンとかピンとか細々とした物が入っていた。
「要らないもんでもいれてんのかな……」
そう思うくらい、引き出しの中はゴチャゴチャしていて汚い。
さっさとこの部屋を出て行こうと思ったが、引き出しの奥に、なにかの花が描かれた箱を見つけた。その箱は引き出しに押し込められているのが勿体無いと思うくらい、美しい白い花が描かれた可愛らしい小箱だ。
「……お菓子の箱?」
手に取ってみるとキャンディと書いてある。だがその箱は軽くて思わず笑ってしまう。
花柄のお菓子の箱を取っておくなんて、可愛い一面もあるんだな、あいつ。
箱にキャンディは入っていなそうだったが、軽く揺するとコロコロ音がした。小石とか、小さなビーズでも入っているような音。
他の物は適当に突っ込んでおくのに、わざわざ取って置いたキャンディの箱にキオンが入れておく物はどんな物なんだろう?
俺は好奇心をくすぐられて、その箱を開けた。
そして、その中身を見た瞬間、俺は、ガツンと頭を殴られたような衝撃を食らった。
あるはずのない物が……、いや、決してあってはならない物が、そこにはあった。
だって、これは……
嘘だと呟いたつもりだったが、声にならなかった。
さあっと血の気が引いていくのを感じ、無我夢中でそれを握り締め、部屋を飛び出た。
ベッドに飛び込み、毛布に包まる。
俺はうるさい心臓を押さえつけながら、握り締めた拳から力を抜いて、掌を見た。
もう一度見ても、やっぱりそれはそこにあった。
「どうして……」
記憶を手繰り寄せる。そう、やっぱり、これは、
笑うたびに耳元でキラキラと輝くイヤリング。
付けない日はないくらいの、母さんお気に入りの柘榴石のイヤリングだ。
そして、いなくなったあの日も付けていたイヤリングの片っ方が、今、俺の手の中にあった。
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