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満月
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今晩は、満月のようだった。
窓から大きくて黄色い月が見える。
だけど大して興味のなかった俺は、満月から視線を外して、テーブルに置いたランプの炎を見つめた。
なにをするわけでもなく、それを椅子に座って眺めていると、キオンが顔を俯かせながら帰ってきた。
「……っ、レイ」
キオンは俺がここで待っていたと思っていなかったらしく、俺に気付くなりビクッと身体を震わせた。
「おかえり。遅かったな」
もう20時を過ぎていた。出て行ってから半日以上、キオンはどこに行っていたんだろう。
キオンはあからさまに俺から視線を外して「飯の準備するから」と呟いて、戸棚からパンと皿を取り出す。俺はいつの間にか掌にかいた汗をシャツで拭い、黙ってその様子を眺めていた。
食パンを包丁で切って、バターを塗った。それにハムとレタスを挟んで、皿に乗せる。
「悪い……こんな簡単なので」
キオンは申し訳なさそうに眉尻を下げながら、俺の目の前に皿を置いた。
このとき、キオンが帰ってきてから初めてまともに顔を見た。薄暗いランプの光のせいかもしれないが、なんだかすごく顔色が悪いような気がした。
……やつれた?
「……いただきます」
でも、俺は気付かないふりをした。
俺はサンドイッチのレタスをさりげなく取りながら、口いっぱいに頬張る。
「なあ、キオン。こんな遅くまで、一体どこに行ってたんだ?」
「……いや、まあ、ちょっとな」
キオンはあまり話したがらず、いつもなら俺がご飯食べているのを向かいの席に座ってみるはずなのに、今日は座ろうとさえしなかった。
どうしてキオンが急によそよそしくなったかの心当たりは、まあ、あれだろうなあ……。
俺はキオンに抱き締められたことを思い出す。
でも俺にはもうそんなことどうでも良くて、無理矢理サンドイッチを飲み込んだ。
「……食器、そのままでいいから」
キオンは空になった皿を見て、テーブルに置いたランプを手に取り、チラッとベッドのある部屋を見遣る。
……寝ろってことか。
ちっとも眠くなかったが、俺は素直に頷いて部屋まで移動する。
キオンは俺の後ろをついてきて、俺が部屋に入ったのを見届けると、俺を部屋に一人残して扉を閉めようとした。
「っ、待って!」
俺は慌てて振り返って閉められそうになる扉を押さえてそれを阻止すると、キオンは驚いたのか目を大きく見開いたが、すぐに鬱陶しそうに顔を顰める。
「……なんだ」
「話が、ある
逃げられないようにキオンのシャツを掴んだが、キオンは渋って頷こうとしない。
「明日じゃダメか?」
「今じゃなきゃダメだ。ちょっとこっちに来てくれ」
数秒の間ののち、キオンは大きな溜息をついた。
「……5分だけな。手短に頼むぞ」
「ああ」
キオンが部屋に入ってきて扉を閉め、ベッド横のテーブルにランプを置く。
「そんで話つーのは、」
そして振り返ったキオンの横顔目掛けて、俺は右足を繰り出した。
このタイミングならば絶対に避けられないと思った俺のハイキックは、キオンの頰まであと数センチというところで身体を反らせて躱される。
「ッ、レイ!?」
キオンが驚愕の表情を貼り付けるが、すかさず俺は身体を反転させ、勢いそのままに左足の踵をキオンの肩にヒットさせた。
キオンがほんの僅かに体勢を崩す。
この体格のいい身体を蹴り一つなんかで倒せるなんて初めから思っていない。すぐ様詰め寄り、キオンの腹に拳をねじ込んだ……つもりだったのだが。
「い……、ッ」
硬い腹筋がそれを邪魔し、思わず顔を顰める。
その隙にキオンの腕が伸びてきて俺の手首を掴んだ。
「どういうつもりだ、レイ……!」
キオンが険しい顔をして俺のことを睨む。
だが、それはこっちのセリフだ。
逃れようと身体をよじらせたが、キオンにもう片方の手も掴まれ、足を払われる。
倒れる……、と思ったがなぜか身体が痛くない。
俺は、ベッドの上に倒されていたのだ。
キオンが俺の両手首を掴みながら、俺のことを見下ろしてくる。
……俺はキオンのことを襲ったのに、キオンは俺のことを、床ではなくベッドに押し倒した。余裕さえ伺えるその行動に、ふつふつと苛立ちやら悔しさやらが込み上げてきて、俺はなんだか泣きそうになった。
「レイ、もう一度だけ聞くぞ。どういうつもりだ?」
ミシッと骨が音を立てるんじゃないかというくらい、キオンが俺の手首を掴む手に力を込めた。
「う、ッぐ……」
「黙っててもいいが、へし折るぞ」
キオンは冷たい目でこちらの顔を覗き込んでくる。
痛みに歪む顔を見られたくなくて咄嗟に顔を横に背けたのだが、その瞬間キオンがバッと手を離した。
「レ……レイ、それ……」
緩々と視線をキオンに戻すと、キオンは恐ろしいものを見るかのような目で俺のことを見ていた。
その隙に布団の下に隠しておいたテーブルナイフを右手に取る。キオンの顔を切りつける勢いで振り回すと、ギザギザとした刃がキオンの頰を掠めて、キオンは慌てて飛び退いた。
「なんで、それを……」
その傷口から血が滲んで、キオンは頰を押さえた。
「……それは俺のセリフだ」
俺は上半身を起こして、ナイフをキオンに向かって突きつけながら、指先で左耳に付けたイヤリングを弾いた。
「これは俺の母さんが付けていたイヤリングだ。なぜお前が持っている?」
キオンは「母さん……?」と、まるで初めて聞いた言葉みたいにゆっくりとした口調で呟いた。
どこかで拾ったか、はたまた、母さんと接触したか。
俺は冷静になれと自分に言い聞かせ、フーッと小さく息を吐き出した。
「….…お前のことを信じたいんだ、キオン。だから正直に答えてくれ。このイヤリングはどこで手に入れた……?」
キオンは俺の命の恩人だ。
だからきっと、どこかに落ちていたんだ。それをたまたまキオンが拾って、綺麗だったから箱入れて取っておいただけなんだ。
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