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満月
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だから……キオンはなにも知らないはず。
「俺はなにも知らない」…………そう答えてくれと、願った。
俺の左耳のイヤリングを見ていたキオンとようやく視線が合うと、「そうか」とキオンはホッとしたかのように表情を緩めた。
「やっぱりあれは、お前の母親だったのか」
やっぱり……?
まるで初めから分かっていたと言わんばかりの口振りである。
「お前、俺の母さんに会ったことがあるのか!?」
キオンは俺の質問には答えようとせず、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「あの女は、ヴァネッサといったか?」
俺は目を見開いた。
キオンが母さんの名前を知っている。
直接的に質問に答えたわけではないが、それは最早答えとも言える。
そのとき、俺の握るテーブルナイフを、キオンが素手で握った。
「な……っ」
ナイフを引っ張ったが思い切り握り締められているためビクとも動かず、キオンの掌にナイフが食い込むのが見えて、思わず手を離した。
なにを考えて……、と顔色をなくしながらキオンの顔を見上げると、キオンは笑っていた。それも犬歯を剥き出しにした凶暴な笑みである。
その笑みを見て、俺は背筋がゾッとした。
なぜ、なぜ、笑うのだ。
俺は戸惑いを隠しきれず視線を泳がせがらも、俺はなにか言わねばと頭をフル回転させた。
「キ、キオンは、一体どこで母さんに会って、」
そこまで言いかけて俺は言葉を失う。
……傷が、ないのだ。
俺がナイフで傷付けたはずの、キオンの頰の傷が消えているのだ。
確かに感触はあったし、血だって滲んでいたはずなのに。だが、どれだけ見ても、傷なんてない。
そんなバカな……。
床に放り投げられたナイフの音で我に返ったが、もう遅かった。
「あッ……!」
キオンに両肩を掴まれて、恐ろしい力でベッドに押し倒されて息を飲む。
キオンが馬乗りになりながら俺のことを見下ろした。
「お前はあの女にそっくりだ。いや……、そっくりなんかじゃねえな。お前は、あの女そのものだ」
「キ、キオン……?」
起き上がろうと身体に力を入れるが、肩に爪が食い込むくらい力強く、キオンが俺の身体を押さえつける。それならばと、両手でキオンの身体を押しやったが、逆にキオンは顔を寄せてきて、至近距離から俺の顔を見つめてくる。
「……この髪も、この目の色も、この肌の色も、全部全部、お前はヴァネッサから受け継いたんだな」
……キオンがなにも知らなければ、俺は母さんの行方不明にキオンが関わっているかもしれないと疑わずに済んだのに。
くしゃりと表情を歪めた俺を見て、キオンは舌舐めずりをした。
「どうしてそんな顔をする?……俺が、お前の母親を殺したとでも思ってんのか?」
咄嗟に否定出来ずに複雑な表情でキオンのことを見つめると、キオンは声を出して笑った。その反応にますます混乱する。
「ああ、悪い。そう顔に書いてあったから、そう思ってんのかと思ってよ」
「……笑うこと?」
自分が人殺しの疑いをかけられているのに、それは笑い事になるのだろうか。
人を馬鹿にしたような笑顔を貼り付けたまま、キオンは俺の肩を撫でる。
「お前はなにも知らないんだな、なにも」
「……?」
「言っておくが、俺は、殺してない」
俺は。
「ま、待て……俺は、って?誰かが母さんのことを殺したってことか……っ?」
キオンの言葉は意味ありげだった。
血の気が引いていく。5年も行方不明なのだからどこかで覚悟をしなければいけないとは思っていたが、冗談でもその言葉はショックだった。
俺はキオンのことを睨みつけると、その肩を力いっぱい拳で叩いた。
「俺のことバカにしてんだったら許さねえぞ」
「さあ、どうだろうな」
「ッ……どけ!」
今度は蹴っ飛ばす。
キオンは少し痛そうに顔を顰めたが、ペロッと下唇を舐めたかと思えば、あろうことか俺の首筋に顔を埋めてきて、突然のことに思考が停止する。
首筋に吐息がかかった。
「……レイ」
耳元でキオンが囁き、背筋がゾクッとした。
「俺はお前の母親のことなんてどうでもいい……それより、お前はいい匂いがするな」
「は、はあ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
なにを言っているんだこいつは。
そんな俺のことなんてお構いなしに、鼻先をグリグリと押し付けて俺の匂いを嗅ぐ。それが犬だったらどんなに可愛いだろうが、こんな大きな男にされても可愛くないどころか、恐怖しか生まれない。
……そういえば、俺のことを抱き締めたときも、キオンは俺の匂いを嗅いでいた。
今とそのときの状況は似ていた。あのときも今もキオンは俺の首から匂いを嗅いでいたし、ちょっと呼吸が荒い。違うところといえば……、いつになっても離してくれない。
「も……、離せ、キオン。お前に付き合って遊んでる場合じゃねえんだよ!なにか母さんのことで知ってることがあれば……、キオンっ?」
キオンから返事はなく、俺の声なんて聞こえてないみたいに首筋から顔をあげようとさえしない。
「っの……聞いてんのかよ!」
俺は舌打ちをしながら、キオンから離れようと身体をよじらせたその瞬間、キオンが首に吸い付いてきた。
「う、あ……っ」
いたい。
ぢゅうっと音を立てながら強く強く吸ってくる。
足をバタバタさせて暴れてみるものの、口を離すどころか余計強く吸ってきて、なぜキオンがそんなことをするのか見当もつかず、ちょっとしたパニック状態になる。
「やだ、やめろ、離せ……!痛い、痛い!」
俺が悲鳴を上げたところで、ようやく唇が離れた。
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