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母の訪れた地
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「おはよう、レイ」
俺が目を覚ますと、奴は背を向けて着替えをしながら朝の挨拶をしてきた。
「よく眠れたか?」とキオンが肩越しに振り返る。
……そっか、寝てたのか。
寝起きのせいで少し遅れて状況を理解する。
「レイ……」
「ッ、」
キオンの腕が伸びてきて、思わず身体を強張らせる。だがその手には水の入ったコップが握られており、恐る恐るキオンのことを見上げると、キオンは少しぎこちなく笑った。
「ただの水だ。喉、乾いてないか?」
そう言われて自分の喉がカラカラなのに気付いた。
水を飲もうと、上半身を起こした瞬間身体に鈍い痛みが走って思わず顔を顰める。どこもかしこも筋肉痛のようだ。
俺は受け取ったコップに入っている水を、一気に飲み込んだ。冷たい水がゆっくりと落ちていくのを感じ、渇きを潤したことに安堵した。
突然キオンがくるっと振り返った。
俺の顔を覗き込んできたのにびっくりして、身体が強張る。
「レイ、飯は?」
普通にそんなことを聞かれたことに面食らった。
昨日の夜、俺にあんなことしたっていうのに、なにもなかったかのような態度だ。なぜ、そんなに普通に俺に接することが出来る?
一向に返事をしようとしない俺に、キオンが眉を下げながら手を伸ばしてくる。
「レイ?聞いてるか?」
「ッ、いらない!」
その瞬間、首を絞められた感覚を思い出して背筋にゾワリと寒気が走り、キオンの手を思い切りはたき落とした。
しん、と部屋が静まり返り、俺は我に返った。
「あ……っ、ご、ごめんな、さ」
また首を絞められるかもという恐怖から、ガタガタと身体が震え始める。
キオンは叩かれた手を見下ろしていたが、すぐに顔を上げて悲しげに微笑んだ。
「そうか……朝飯はちゃんと食った方がいいんだが」
キオンは残念そうに眉を下げ、脱いだ服を持って部屋を出て行った。
その瞬間、慌てて布団をめくってみたが、やっぱり俺はなにも着ていなかった。つまり、やっぱり昨日の夜はそういうことがあったということである。
いや、異様に身体が痛い時点で夢なんかじゃないんだろうが、一晩経って考えてみてもやっぱり夢だと信じたい出来事だった。
「……よく、生きてたな、俺」
ゆっくりと首を摩る。
首を絞められ、無理矢理突っ込まれ、本当に死ぬかと思った。首に痕が残っていなければいいが……。
俺は、キオンが出て行った部屋の扉を見つめた。
なぜキオンは、言うことを聞かずに暴れた俺のことを押さえつけてまで、俺のことを犯したんだろう。
さっきのキオンはいつも通りだったが、そういえば様子が変だったのは昨日の朝からだ。それとなにか関係があるのだろうか。
『お前はなにも知らないんだな、なにも』
キオンが言ったこの台詞が妙に気になり、俺は耳につけた母さんのイヤリングに触れた。
「レイ」
「ひゃいッ!」
考え事をしていたせいでキオンが部屋に戻ってきていたことに気付かず、突然呼ばれたことに驚いて舌を噛んでしまった。
必要以上に驚いた俺にキオンも驚いて、ビクッと肩が跳ねた。
「わ、悪い、驚かせたか?」
噛んだ舌をヒリヒリさせながら首を振る。それを見てキオンは安堵したようで、俺になにかを差し出してきた。
それを見て、あっと口を開く。俺の服だ。
「乾いたから」
「ありがとう」をなんとか口にしてそれを受け取りながら、昨日自分が言っていたことを思い出した。
そういえば、俺、今日ここを出て行くんだった。
昨日のゴタゴタですっかり忘れていた。
キオンから借りていたシャツを脱いで、自分のシャツへと着替えた。ずっと大きいサイズの物を着ていたから、自分のぴったりサイズのシャツの着心地に少し違和感を覚える。
「なあ、レイ。今日帰るんだろ?」
なぜか俺の着替えをずっと見ていたキオンが、唐突に口を開く。
「ま、まあ」
行くあてなんてないけど……。
「……じゃあ、俺が森の出口まで送ってやる」
「え?」
「迷ったら嫌だろ」
それはそうだけど。
俺はキオンのことを見上げる。
……なにか企んでいるんじゃないだろうな。
キオンは俺の考えていることを見透かしたように、フンと鼻を鳴らした。
「もうなにもしねえよ、童貞。……昨日のことはもう忘れろ」
「あぁッ?」
その言葉で昨日のことを思い出してしまい、ボッと顔に火がつく。
「そういうところが童貞くせえんだよ」と、キオンはせせら笑った。
「こいつ……っ」
反論したくても本当のことだから言い返せなくて、キオンのことをギロリと睨むことしか出来なかった。
着替えを終え、キオンと一緒に小屋を出る。
たった数日しか過ごしていないはずなのに少し名残惜しくて振り返り、小屋を眺めた。
名残惜しい……なんておかしいな。もう二度と戻ってくるもんか。
「なにしてんだ、レイ。行くぞ」
キオンの声に呼ばれて、俺は歩き出した。
もう、生まれ育った街を出て行くことは決めていた。街に戻ってもどうせ家には帰れないだろうし、ならばわざわざ居心地の悪い街に戻る必要はない。
……俺はきっと赤毛のせいで捨てられたんだと思う。この髪のせいで父さんにもラルスにも迷惑かけたし、鬱陶しくなったのかもしれない。
だから、一先ずは、隣街まで行こう。隣街で宿を見つけて、これからのことを詳しく考えよう。
一人暮らしも気楽でいいかもしれない。猟師は……多分やらない。銃失くしたし。
小屋を出る前、キオンに俺の猟銃のことを尋ねたのだが「知らん」とあっさり言われたのだ。銃の他に、ベルトに挟んで持ち歩いていたナイフも見当たらないし、もしかしたらどこかに落としたのかもしれない。
わざわざ銃を買い直してやりたいわけでもないし、それよりももっと違うことをやってみたい。
父さんのことも、ラルスのことも……、母さんのことも、昨日のことも、全部忘れてやり直そう。
……なんだ、楽しそうじゃん。いや、きっと、きっと楽しいはず。楽しいに、決まっている。
だから……もう、キオンが母さんのなにかを知っていたとしても、聞かないことに決めた。
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