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母の訪れた地
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会話もなく、少し離れてキオンの後ろをついていくこと、かれこれ20分くらい経ったときだった。不意に生い茂った木々が開け、大きな原っぱのような場所に辿り着く。
するとキオンは足を止めて振り返った。
「着いたぞ、レイ」
「は?」
森の出口に案内していたんじゃないのか?
俺は周囲を見渡すが……どう見ても出口じゃない。
「あ……」
不意に足元に視線を落とすと、小さくて白い花が咲いていた。しかも足元だけじゃない、見える範囲全て白い花に覆い尽くされている。
花畑だ。
親指の爪ほどのしかない白い花は一つ一つは小さいものの、何十、何百、何千と集まれば、真っ白い絨毯が敷かれているようにさえ見える。その花は太陽の光に照らされ、キラキラと輝いていた。
「すごく、綺麗だろ?」
キオンの問いかけに、半開きになっている口を閉じるのも忘れて頷いた。
キオンが不意に歩き出す。その足が花を踏んで、俺は焦った。
「キオン、踏んでる!花が……」
「この花は小さいが、すごく強いんだ。踏んだくらいじゃどうにもならねえよ」
「でも……」
踏んでしまうのは可哀想だ。
なぜかキオンは笑った。
「なんでお前がそんな悲しそうな顔すんだよ」
「えっ?」
「大丈夫だから」と、キオンに手を掴まれ、花畑へと飛び込んだ。
「お、おい、キオン……!」
慌てて戻ろうとしたが、キオンの力には敵わず、グイグイと引っ張られていく。
俺はキオンがなにを考えているのか分からなくて、困惑しながらキオンの後ろ頭を眺めた。
花畑の中央くらいまで来たところで、キオンはようやく止まった。だが俺の手を掴んだまま、振り返るわけでもなく、なにか言うわけでもなく、じっと前を見つめている。
「キオン?」
沈黙に堪え兼ね、キオンの名前を呼んでみる。
すると、ゆっくりキオンは振り返った。
「ここに……人が来たのは、お前が二人目だ」
「……?」
なにが言いたいのか分からなくて首を傾ける。
「お前と、俺か?」
しかしキオンは緩々と首を振った。
「お前と、ヴァネッサだ」
突然飛び出した母さんの名前に、心臓が跳ねた。
昨日はどうでもいいって言っていたのに、どうして今になって母さんの話をする?
反射的に掴まれている手を引こうとしたが、キオンは手を離すどころかギュッと強く掴んだ。
「なにを、企んでいるっ?」
もしやなにか裏があるんじゃないかと疑ってキオンのことを睨む。しかしキオンは緩々と首を振って、少し悲しそうに眉を下げた。
「小屋でも言っただろ、もうなにもしねえよ。それより……昨日のことは、本当に悪かったと思っている。怖がらせちまったし、その……なんだ、無理矢理だったつーか……」
……驚いた。
謝罪の言葉が出るなんて思ってもみなかったから。
「勿論、許してもらおうなんて思ってねえ。ただ……ヴァネッサのことを知りたがっていたから、なんつーか、罪滅ぼしってわけでもねえけど……」
気不味そうに視線を逸らしながら、ゴニョゴニョと語尾を濁した。
謝られたのには驚いたが、言われなくとも簡単に許す気はなかった。
俺は話を逸らすことにした。
「母さんと会ったのはいつ頃の話だ」
「10年……いや、20年は前だな。この花畑で会った」
「に、にじゅうねん……?」
そんな昔に?
母さんが行方不明になったのは35歳のときで、今生きていれば40になる。キオンの言っていることが正しければ、母さんが20歳のときに会ったということになるのだ。
でも、それは、つまり、
「……お前が、ヴァネッサの腹にいたときだ」
途端に胡散臭くなって顔を顰めた。
「なんで妊婦の身で、こんな山奥に来るんだ。おかしいだろ」
「俺だってそう思った」
キオンは琥珀色の瞳を細め、過去の記憶を手繰り寄せるようにゆっくりと話し出した。
「あの日は……すごく天気が良かった。俺は森を散歩していた途中、この花畑の真ん中で、腹の大きな人間が横たわっているのを見つけた。そうだな……正直、死んでいるかと思った。白い花の中にいたから、余計赤い髪が目立っててよ」
「ここらへんに寝転んでいた」と、キオンが今俺たちの立っている場合を見渡す。
「俺はヴァネッサに声をかけた。すると、あいつは身体を起こして、俺に聞いたんだ。
『貴方が、森に住む人喰い狼さん?』
ってな。すげえ楽しそうだった」
「はあ……?」
キオンの言っていることが本当ならば、相当頭のおかしい質問である。確かにそういうことを言いそうな人ではあるが。
ちょっと……いや、息子の俺から見ても母さんは大分変わっていると思う。子供っぽいというか、考え方が特殊というか。
雨の日のことをいい天気ねって言ったり、野菜を残した俺を躾の一環として外に追い出しておきながらそれを忘れて寝てしまったり、なんていうか、変だった。
よく覚えている出来事がある。
俺がまだ小さかった頃、母さんと買い物に行くと周りの人から悪魔の親子だとよく罵られた。
母さんは基本聞こえないフリをしていたが、投げられた石が俺の頭に当たったときは黙っていなかった。石を投げたのは俺よりちょっと大きな男の子だったが、その男の子の胸倉を掴んで家の場所を吐かせた後、その家に押しかけた。
男の子の母親は謝るどころか、とても面倒臭そうにしていたが、母さんと二人で部屋の奥に消えた数分後、親子で俺に何度も謝ってきた。
あの部屋でなにがあったのかは分からないし、知りたくもないが……「子供のすることですから」と笑っていた母さんが、子供ながらに恐ろしいと思った。
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