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母の訪れた地
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「だがある日、突然、もう来ないと言った」
キオンが顔半分だけを俺に向けて振り返る。
「そろそろ安静にしてくれと旦那にこっぴどく言われたらしい。あいつは来なくなって……それっきり、暫く会わなかった」
俺は首を傾けた。
「暫くってことは、また会ったのか?」
俺の問いかけになぜかキオンは少し黙り込んでから「何年か経ってからな」と答えた。
何年か……「それはいつだ」と聞こうとして、俺は動きを止めた。
「レイ?」
俺がついて来ないことに気づいたのか、数歩先を歩いていたキオンが振り返って不思議そうに首を傾ける。
キオンが母さんと初めて会ったのは20年前だと言っていた。
それを聞いて、なぜ、おかしいと思わなかったんだ。
……キオンの年は、一体いくつだというんだ?
俺は振り向いたキオンの顔を、呆然と眺めた。
キオンはずっと30代くらいだと思っていたが、それならば母さんと初めて会ったときは10代ということになる。だがキオンと母さんの会話を聞いたところ、母さんの口振りではそんな少年と話しているような感じではない。
「キ……キオン、おまえ、は……」
……なんだ、これは。歳だけじゃない、おかしい点はいくつもあったはずじゃないか。
気持ち悪い違和感が、ロープみたいに俺の身体にまとわりついてきて、動けない。
風が吹いて、俺とキオンの髪を揺らした。
「レ……、」
キオンが俺へと向かって一歩踏み出したそのとき、キオンの背後で茂みが動き、なにかが勢いよく飛び出してくる。
そしてそれは、
「レイッ!!」
俺の名前を呼んだ。
猟銃を抱え、腰にナイフを下げた男が立っていて自分の目を疑う。
「ラルス……?」
俺の目の前にはラルスが立っていた。
ラルスは青い目を大きく見開いて俺のことを見つめていたが、不意に表情がくしゃりと歪んだ。
「ああ……レイ。本当にレイだ……」
もう会わないと思っていた人間が目の前にいることが信じられなかった。
しかし、ラルスは確かにここにいる。
ラルスは覚束ない足取りで俺に歩み寄ってきたかと思えば「よかった」と、噛みしめるように呟いて俺を抱き締めた。
「もう、ダメだと思っていた……レイ、顔をよく見せてくれ」
ラルスが俺の両頬を掌で挟んで、俺の顔を見つめてくる。ラルスのその顔は今にも泣きそうに歪んでいた。
どういうことだ?
頭が混乱して、ラルスのように再会が喜べない。ラルスは俺を置いていったんじゃないか?
「おい、ラルス。一人でうろちょろするな」
ラルスが来た方向の茂みから声がして、弾かれたようにそっちを見遣る。
真っ黒なマントですっぽりと身体を覆った父さんが、男ら十数人を引き連れて現れた。
「おお、レイ。生きていたんだな」
父さんは俺のことに気付くと、 相変わらず無表情のまま口だけを動かした。
「もう死んだのかと思っていた」
「あ……いや……、なんでここにっ?」
ラルスだけじゃなくて父さんまで。
他の猟師を引き連れて、こんな大人数で?しかも銃やナイフ、弓矢などを沢山持って猟に来たとでも?
……明らかに様子がおかしい。
ラルスが俺の腰に腕を回した。
「レイ、この森は危険なんだ。俺達と一緒に早く下山しよう」
「えっ?き、危険って?」
「説明はあとだ」
ラルスが父さんに目配せをすると、父さんは頷いた。
ラルスはそれを見て俺を連れて行こうとしたが、俺は首を振ってラルスの身体を押しやる。
「ま、待ってくれ、危険ってなんだ?そんな話……」
キオンはそんなこと、一言も言っていない。
「……おい、お前。お前は何者だ?」
そのとき、父さんがキオンに声をかけた。
父さんはキオンを怪しい人だとでも思っているのか、ギロリと鋭い目で睨みつけている。
俺は慌てて首を振った。
「とその人は俺のことを助けてくれたんだ。悪い人じゃねえ」
強姦されたけど……。
父さんの目が細められる。
「ほう……それならば礼を言わなければいけないな。俺はレイの父親だ。うちの者が迷惑をかけたようですまなかったな」
「……そんな大したことはしていない」
キオンは素っ気なくそう言うと顔をそっぽに向けて、その場を離れようとしてか俺らに背を向けた。
行ってしまう……。遅かれ早かれ別れるはずだったのになぜかキオンを見送るのがすごく嫌だった。それにまだ母さんの話の途中だ。
「おい、ちょっと待ってくれ」
「待って」と言いかけたが、それより父さんの方が先に早く口を開いた。
「……なんだ」
キオンが振り返ることなく足を止める。
「初対面の人間にこんなことを聞くのもおかしいが、この森に住んでいるのか?」
キオンは少しの間があったあと、小さく頷く。
「そうか……」と父さんは呟いた。
「ならば、この森で大きな狼を見たことは?」
その質問に俺は驚いて父さんを見遣った。
「……さあな」
しかし、キオンは特別驚くこともなく首を振る。
「俺は見たことないが」
「……そうか」
なぜ、そんな質問をした……?
ラルスだけじゃなくて父さんまでそんな言い伝えが気にかかるのか?
キオンは歩き出したが、また父さんが声をかけて引き留める。
「そうだ。うちのが世話になった礼をしたい。これから街で一緒に食事なんてどうだ?」
その申し出にはびっくりしたようで、振り返ったキオンの目は大きく見開かれていた。
「そんなのいい」
「まあ、そう遠慮するな。そっちのやつが奢るから、好きな物を好きなだけ食べたらいい」
クイッと、父さんがラルスのことを顎で指した。
突然振られたラルスは「俺かよ!」と声を荒げる。
「ま、まあ、いいけどよ……俺も礼をしたいからよ。なあ、レイ」
「えっ、あ、うん……」
正直俺は食事どころではなかったが、キオンをまだ帰したくないというところは合致したため頷いた。
「ほら、キオン。なにも遠慮することねえよ。飯くらいいいだろ」
キオンは父さんの顔を見たままで、決して頷こうとしなかった。
俺とラルスは顔を見合わせる。
そんなに一緒に飯行くの嫌なのか?
なにかキオンが行きたくなる理由はないかと、頭をフル回転させて考える。
そういえばあの小屋には沢山の本があったということを思い出し、俺は閃いた。
「……なら、ご飯食べたあと、本屋行かない?」
ぴくっとキオンのこめかみが動いた。
「街に大きな本屋があるんだ。好きな本も買ってあげるから」
「ラルスが」と付け足すと、ラルスがギョッとした顔でこちらを見る。
キオンは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
返事を辛抱強く待つ。……やがてキオンが俺の顔を見て小さく頷いた。
「決まりだな」
父さんはマントを左腕で翻して、背後の男達に「下山の準備をしろ」と指示を出した。
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