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狼
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街に戻るとちょうどお昼で、俺の働くレストランで食べることとなった。
他の猟師らも各々テーブルにつく中、ちょうど窓側の4人用のテーブルが空いていたため、窓側に父さんが座り、俺はその向かい側に腰掛ける。
知らない人の隣に座るより俺の隣に座らせた方がキオンもまだ落ち着くだろうと思ってキオンを呼ぼうとした。しかし、なぜか父さんが隣に座らせてしまい、俺の隣にはラルスが腰を下ろした。
テーブルの下でこっそり財布を見てため息をついているラルスなんてお構いなしに、父さんはテーブルの上にメニューを広げた。
「何食うか早く決めろ」
「……うーん、俺は、カルボナーラにしようかな。レイはどうする?」
ラルスが指差しながら俺の顔を覗き込んでくる。
特別なにかを食べたいわけじゃなかったせいで、散々迷った挙句、結局ラルスと同じのにした。俺が迷っている間にキオンは決めていたようで、キオンになにを食べたいか聞くと、「ミートソースのパスタがいい」とすぐに返事がきた。
「クシェルは?」
父さんは退屈そうに窓の外を見ていたが、ラルスが声をかけると緩々とこちらを見た。
「いや、俺は要らない。飲み物だけ貰う」
「そ、そうか……オレンジでいいか?」
無言で頷くと、また外に視線を戻してしまった。
どこか調子が悪いのだろうか。
なんだか顔色が悪い気がするし、店の中に入ってもマントを脱ごうとしなかった。寒気でもするのか?
注文を済ませてしまうと、気不味い沈黙が流れた。
父さんは相変わらず窓の外を眺めているし、キオンはテーブルの上で組んだ自分の手を見下ろしている。
チラッと隣のラルスを盗み見すると、また隠れて財布の中を眺めていた。そんなに金ねえのかよ。
なんだかすごく落ち着かなかった。
知らないメンバーに囲まれて一番落ち着かないのはキオンのはずなのに、この中で俺が一番そわそわしている気がする。
「と、父さん」
「……なんだ」
勇気を振り絞って父さんに声をかけると、父さんは横目を使って俺のことを見遣った。その目がちょっと怖くて、テーブルの下で握り拳を作る。
「……あの日、なにがあったんだ?」
隣のラルスが顔を上げた。
「目が覚めたらキオンの小屋にいて……俺、正直言うと父さんとラルスに捨てられたと思ってたんだ。こんな髪、してるから……」
俺はそっと自分の髪に触れた。
ラルスがそれを聞いて血相を変える。
「そ、それは、違うぞレイ!あの日は……、」
「狼に会ったんだ、あの日」
父さんがゆっくりと俺の顔を見て、言った。
俺はそれを聞いて驚くよりも、さっき父さんが唐突なタイミングでキオンに聞いていたことと繋がって、妙に納得してしまった。
危険というのは、やはり人喰い狼のことか。
「だ、だけど……それはただの言い伝えだろ?ほんとに狼がいるなんて」
父さんはため息をついた。
「ああ、俺もそう思っていたがな。だが、あの日、帰る途中になにか……変な気配がした。まさかあれが狼だとは思いはしなかったがな」
そういえば。
『どうした、クシェル』
『なんでもない』
あのとき、父さんは突然振り返って周囲を見ていた。あれが狼の気配を感じ取っていたときだったのか。
……全然気付かなかった。
自分の警戒心のなさに呆れてしまう。
「2メートルくらいの灰色の狼が茂みから飛び出してきて、ラルスを弾き飛ばした。それは一瞬だったな」
「そのとき俺は気を失ってな」と、ラルスが情けなさそうに眉を下げる。
父さんの眉間にシワが寄った。
「そのあと、あの狼は俺の……」
そのとき頼んでいた飲み物が先に運ばれてきたため、強制的に会話が打ち切られた。
俺は目の前に置かれたブドウジュースを眺め、静かに目を細めた。
父さんとラルスの話を聞いてもなお、人喰い狼がいるなんて実物を見ていないからか、とてもじゃないが信じられなかった。そして、そんな状況の中……キオンが助けてくれたなんて。
なのに、父さんの質問にキオンは狼なんて知らないと答えた。……それはおかしくないか?
顔を上げるとキオンと目が合ったが、すぐに逸らされてしまう。
……そんなこと、ありえない。
俺の脳裏に一つの仮説が思い浮かんだが、それはあまりにも現実的じゃなくて、そんなわけないと自分に言い聞かせて、目の前のグラスを手に取った。
「待て、レイ。乾杯が先だ」
「えっ?あ、ごめん……」
父さんに止められなかったら、危うく飲んでしまうところだった。
父さんがそんなことを言い出すなんて珍しい。いつもこういうのはラルスの仕事なのに。
「それじゃ、グラスを持ってくれ」
父さんの声にぎこちなくもキオンもグラスを持った。
父さんは俺らの顔を見渡して全員がグラスを持ったことを確認して、自分もマントから左手を出して目の前のグラスを手に取る……、
その瞬間、手が滑ってしまったのか、父さんはグラスを落としてしまった。
グラスは中身を撒き散らしながら床へと落ちて、割れた派手な音が店内に響き渡る。
中身のオレンジジュースは白いテーブルクロスや床だけではなくキオンの服にも派手に飛び散ってしまったようで、キオンは慌てて立ち上がった。
「な、なにやってるんだよ、父さん!」
慣れない乾杯の音頭なんてやろうとしたから……!
ラルスが店員を呼んでなにか拭くものを頼む。だがそれすらも見えないくらい父さんは慌ててしまい、ハンカチを取り出してキオンのシャツを拭いた。
「す、すまない、服を汚してしまった」
「いや、大丈夫だ。このくらい」
キオンは落ち着いた様子で首を振った。
すぐに店員がタオルとホウキを持ってきた。
俺もなにか手伝おうと思って店員と一緒になって床に散らばったガラス片を集め、父さんはタオルでテーブルを拭く。だが、ジュースを吸ってタオルはすぐにぐしょぐしょになってしまった。
「あ、それ、一回絞らないと」
タオル自体を交換しても良かったが、どっちにしろなにかに入れないと厨房に持っていくまでに床を汚してしまう。
俺は掃除用具入れまで走って、バケツを持ってきた。
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