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狼
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話の流れを聞いて、父さんが右腕を失ったのは人喰い狼であるキオンが原因であることも分かったし、その恨みを晴らしたいのも分かる。
だが、それは今するべきことじゃない。
「父さん、こいつは母さんの行方を知っているんだ。それは本当だ。俺が保証する」
それを聞いて、父さんの眉がぴくっと動いた。いや、父さんだけじゃない。俺の腕を掴んで離さないラルスも目を大きく見開いている。
「だから少し待ってくれ……なあ、キオン。お前からもちゃんと言え!知ってるんだろっ?」
頼む、そう言ってくれ。
俺は眉尻を下げて、キオンに尋ねた。
俺はキオンと争いたくないと思っていた。
強姦されたのに。
あれだけ乱暴されたのに。
キオンが人狼だと知ってもなお、俺はキオンの言っていたことを信じたかった。
それは俺が生きているからだろうか。
キオンはなぜ俺を殺さなかった?なぜ生かして森の出口まで案内しようとした?
散々酷い目に遭ったくせに、キオンが完全な悪に見えないのだ。
「キオン……俺はお前とは、」
「レイ」
俺の言葉を遮り、キオンは表情を和らげた。
俺はその顔を見てハッとした。
やっぱりキオンもバカじゃない。この状況から脱するのは難しいと、キオンも分かっているんだ。
だから……、
「やっぱり、人間は愚かだな」
キオンは、俺のことを突き放した。
どうして……?
キオンに向かって手を伸ばそうとしたが、それをラルスは許さなかった。
「レイ……!」
なにかを察知したラルスが俺のことを強く抱き締めながら、テーブルの下に引き込む。
その瞬間、キオンが獣のような低い唸り声を上げながら身体を震わせた。
……それは、一瞬だった。
冷静だった父さんが血相を変えて「撃て!!」と声を荒げたが、猟師らは萎縮してしまって動けずにいた。
キオンの顔までも毛に覆われたかと思えば、破れた服の下から狼の身体が現れた。キオンが狼の姿に変幻したのはあまりにも一瞬でなにが起こったのか分からなかったが、徐々に頭が追いついてくる。
あれが……狼。
信じていなかった言い伝えが、目の前に現れた。
がっちりとして鋭い爪の生えた手脚。
尻から伸びる、大きくて太い尾。
2メートルはある大きな身体を覆う灰色の毛は、窓から射し込む太陽の光を受けてキラキラと光っている。
そして獣を思わせる琥珀色の目が、俺たちを見下ろしていた。
俺はその目を見て息を飲んだ。
……なんて、冷たい目なんだろう。
レストランの中は水を打ったように静まり返る。
よろよろと後退した客の1人が落ちていたスプーンを踏んだその小さな音、それが引き金となって、爆発が起こったかのように客たちは悲鳴を上げながら出口へと殺到した。
我に返った猟師の1人が慌てて引き金を引いたが、あっさり銃弾を避けたキオンが飛びかかって男の腕へと噛み付き、男は声を上げた。そしてキオンは鋭い牙を突き立てながら首を振り、男の身体を容易にぶん投げる。
その後ろで狙いを定めていた男は狼の尾で持っていた銃を弾き飛ばされた。その次の瞬間、狼の前脚で隣にいた男共々払われて頭からテーブルに突っ込み、それっきり動かなくなる。
スピードもパワーも、桁違いだ。
何人かの猟師が立ち向かって行こうとする中、銃を投げ捨て客と一緒になって逃げ出す者まで現れた。
それを見てラルスが俺の顔を覗き込み、真っ青になった顔で言った。
「レイ、俺らも逃げよう!ここにいたって危険だ!」
キオンがこちらに背を向けたのを見計らってラルスはテーブルの下から飛び出し、俺の腕を引っ張って外へと逃げようとする。
だが、俺には逃げ出すなんてこと出来なかった。
俺はテーブルの脚を掴んだ。
「……だめだ、俺は残る……!」
それを聞いてラルスが声を裏返した。
「な、なにバカなこと言ってんだッ!?いいから早くここを、」
突如、銃声が鳴り響いた。
慌ててテーブルから頭を出して様子を伺うと、猟師らがキオンの周りを取り囲んでいる。そのうちの1人が撃った弾丸がキオンの頭上を掠めると、怒り狂ったようにキオンが吠えた。
「っ……」
その声は地の底から響いているような、聞くものを震えさせる、そんな低い声に身体が震える。
あれが、本当にキオン……?
目の前で狼に姿を変えたところを見たはずなのに、そう思ってしまった。
「撃ち殺せッ!!」
だが、その声を聞いても、肉食獣の如き目で睨まれても、父さんは怯むことはなかった。
父さんの声に猟師らが鼓舞され、キオンに向かって発泡し始める。
……数撃てば当たる。キオンが大きな身体に反して素早くかわしても次々放たれる弾を全て避けきれず、キオンの身体を撃ち抜き、灰色の毛に血が飛び散る。
それを見て、胸が張り裂けそうになった。
「や……やめろ、撃つな!!」
キオンが歯を剥きながら猟師らを蹴散らして、父さんへと一直線に向かっていく。
俺は無我夢中でテーブルの下から這い出て、両腕を大きく広げながらキオンの前へと飛び出した。
突進してくるキオンの口が大きく開かれ、生温かい息が俺の顔にかかる。
喰われる。
鋭く生え揃った歯を見た瞬間、俺はそう思った。
だが、キオンはそこで予想外の行動を取った。
キオンの牙が俺に突き刺さる数センチのところで突如飛び退いて、天井を見上げながら咆哮したあと、テーブルやら椅子やらを蹴散らしながら、窓ガラスをぶち抜いて外に飛び出していったのだ。
「っ、逃げたぞッ!!追え!!」
父さんが苛立ちげに椅子を蹴っ飛ばし、キオンの後を追って外に出た。少し遅れて他の猟師らも出て行き、レストランの中は嵐が去ったみたいに静かになる。
「レイ!大丈夫か!?」
ラルスが腕を掴んできたのを、反射的に振り払う。
「レ、レイ……っ?」
「……ごめん、俺、行かないと」
ラルスは大きく目を見開いた。
自分でもバカなことをしようとしているのは分かっている。だけど、キオンは明らかに俺のことを殺そうとしなかった。
さっきだけじゃない。小屋にいたときだって俺を殺すチャンスはいくらでもあったはずなのに、なぜかキオンはそうはしなかった。
俺に温かい食事を与え、柔らかな布団を与えた。
そして、俺のことを……
そもそも、なぜキオンは俺のことを小屋に連れてきたんだ?
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