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隠し事
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「俺はまだ、レイになにも言ってねえぞ」
ラルスの肩がビクッと跳ねた。
その様子を見て、キオンは凶暴な笑みをうかべた。
「やっぱりお前とは過去に一度会ったことがあるな。あの森で……5年くらい前か?その顔の傷は俺がつけたもんだな」
息を飲んだ。
顔の、傷……そうだ、ラルスの右の頰には切り傷のような傷が痕になっていた。
そういえば、あの傷のことをラルスは「動物に引っ掻かれた」って言っていたような気がする。
猫に引っ掻かれてもあんな風にはならないし、そのとき俺はなんの動物にやられたらあんな大きな傷が出来るんだろうって思った記憶があるが、母さんがいなくなってそれどころではなかったから、あまり深く聞くことをしなかった。
『この森には……人喰い狼がいるから』
それならば、ラルスが狼に関する言い伝えを信じていたことも納得出来る。ラルスは実際に自分の目で狼を見ていたからだ。
そのとき、ラルスの手から拳銃が滑り落ちた。
「……あのあと、ヴァネッサを食ったのか?」
耳を澄まさなければ、聞き逃してしまうほどの小さな声だった。
キオンは心底嫌そうに顔をしかめながら、緩々と首を振る。
「アホか。食うわけねえだろうが……あんな女」
「お前はヴァネッサと知り合いだったのか?」
「知り合いつーか……まあ、何度か会ったことはあるけど、そんなに仲が良かったわけじゃねえ」
当然といえば当然だが、キオンとヴァネッサが顔見知りだったというのに心底ラルスは驚いていたようで、信じられないと言わんばかりの表情でキオンのことを見ている。かと思えば、突然キオンの肩を掴んだ。
「じゃ、じゃあ、お前は、ヴァネッサを食うつもりではなかったのかっ?」
「だからそう言ってんだろうが!しつけえな!!」
キオンが乱暴にその手を振り払うと、ラルスはたたらを踏んだ。
「なにを今更あの女のことを心配してんだ?ああ?」
キオンは勢いよく立ち上がるなり、座っていた椅子を思い切り蹴っ飛ばした。その椅子が俺の隠れていたクローゼットまで飛んできて、派手な音を立ててぶち当たる。
おいおい、なにをして……俺は戸惑いを隠しきれず、隙間からキオンの顔色を伺う。
キオンは牙を剥き出しにして、ラルスのことを睨みつけていた。その様子はまるで威嚇をする肉食獣のようである。キオンは本気で怒っているようだった。
「どの口がヴァネッサのことを言ってんだ、テメェ。俺を怒らせるんじゃねえぞ。今度は擦り傷だけじゃ済まさねえからな」
「っま、待ってくれ!俺は、ただ、お前が俺に向かってきたから、食うつもりだとばっかり……」
……?
俺は話についていけなくて、顔を顰めた。
ラルスとキオンが5年前に森で会って、キオンがラルスを襲ったのは分かった。その話になぜ母さんの名前が出てくるんだ?
それに、ラルスに人喰い狼がいると思う根拠はなんだと尋ねたとき、あいつは「なんとなく」と曖昧に答えたはずだ。それはつまり、キオンの存在を隠したということではないか?なぜ隠す必要があった?
隠さなければ軽装備で森になんて入らなかったし、俺がキオンと会うこともなかったかもしれない。なにより父さんが右腕をなくすことも……、
『っあのな、レイ、実は』
ラルスはあのあと、なにを言おうとした……?
「こ……、ここに来たのは、お前の言う通りレイを探しにきたわけじゃない。お前と、話がしたくて来た」
ラルスが思いつめた顔で、キオンのことを見つめた。いつも大口を開けて笑うラルスの顔ばかりを見てきたから、そんなラルスの顔は見慣れなかった。
「ヴァネッサのことは、本当に……申し訳ないと思っている……まさか、お前が、ヴァネッサと知り合いだとは思わなくて……」
「だからなんだ」
「……っ、頼む。あの日のことを、レイに言わないでくれ」
ラルスはくしゃっと表情を歪めるなり、床に両膝をついて額を床に押し付けて頭を下げたのだ。
「許されないことをしたのは認める。こんなことを頼むなんて、それも許されないことではないと分かっている。だが、だけど……、レイに知られたらと思うと俺は、俺は……ッ」
俺は息をするのも忘れるくらい、キオンに土下座をしているラルスの姿を見ていた。
『あの日のこと』がなんなのか、俺には分からない。
なにが俺にバレたらいけないのか。
だが、そんなことよりも今は、頭を下げ続けているラルスの姿が衝撃過ぎて、「どうして……」と無意識のうちに呟いていた。
キオンは少しの間なにも言わずにラルスのことを見下ろしていた。その目は冷ややかで、次に発せられた声も冷たかった。
「人間は、本当に愚かだな。それは認めたってことになるぞ」
「……認めないわけには、いかない」
ラルスがゆっくりと顔を上げた。
そして、言った。
「俺が、ヴァネッサを殺した」
頭を殴られたような衝撃が、俺を襲った。
「嘘だ」と言ったつもりだったが聞こえなかった。声にならなかった。
そんなわけない。母さんは死んでなんか、ましてやラルスに殺されてなんか……そうだ、これはきっとまやかしなんだ。本当は俺がここにいるのをラルスも知っていて、俺を驚かせようとしているんだ。
だって、ラルスには母さんを殺す理由なんて、
『お前はなにも知らないんだな、なにも』
いつかキオンに言われた言葉が頭の中で響いた。
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