アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
隠し事
-
「……どうして、殺した」
低い声でキオンが訪ねると、ラルスは気不味そうに顔を逸らしたが、俺からはラルスの表情がよく見えた。その顔は悲しげに曇っていたが、その顔も演技であると信じて疑わなかった。
「責任は全て俺にある。ヴァネッサは……なに一つ、悪くない。俺が……」
なにかを言いかけたが、ラルスは顔を顰めると口を噤んでしまった。
なんだよ、なんでここで黙るんだ?
いつになったら「嘘だけど」っていつもみたいに笑ってくれる?
焦れたのはキオンも同じだったようで、つま先でラルスの肩を突いて「早く言え」と急かしている。それでもラルスは口を開かなかった。
「なんだ、だんまりか?」
「……頼む」
「ああ?」
「レイにはもう……近づかないでくれ」
その瞬間、キオンがラルスの顔面を蹴っ飛ばした。
「ッラルス……!」
堪らず俺は声を上げた。
ラルスの身体が床をバウンドして頭を壁にぶつける。
人狼の強靭な力によって吹っ飛ばされたラルスは、背を丸めて呻き声を上げた。蹴られたときに鼻をぶつけたのか、鼻血が出て頰を伝う。
「な、なんで、」
キオンの行動に俺は半ばパニック状態に陥り、ラルスにバレてしまうということも忘れて声を漏らす。
そのときクローゼットの扉が勢いよく開けられ、俺は驚いて肩を震わせる。
目の前にはキオンがいた。
俺のことを見下ろしてくる目があまりにも冷たくて、逃げ場のないクローゼットの中で後退する。
だがキオンは容赦なく俺の首を掴み、恐ろしい力でクローゼットから引きずり出されて床に尻餅をついた。
クローゼットに押し込んだのはキオンのはずなのに、結果として下半身丸出しの姿でラルスの前に放り出されてしまったが、気不味さや恥ずかしさを感じるよりも状況が理解出来ずに頭が真っ白になる。
緩々とラルスの方を見ると、ラルスは鼻を抑えながら俺のことをまっすぐ見ていた。
聞こえなかったが「どうして」と唇が動いたような気がした。
刹那、キオンの太い腕が俺の首に回され、強制的に顔を上げさせられる。
「答えたくねえなら、それはそれで構わんが……こいつの首をへし折るぞ」
「ッあ、ぐ……!」
腕に力がこもり、キオンの身体に引き寄せられると同時に首が圧迫されて、途端に息が苦しくなる。
俺は咄嗟にキオンの腕を掴んで爪を立てながら引き離そうとするが、離すどころかビクともしない。
苦しさから表情を歪めながらキオンのことを見上げ、そこで気付いた。
俺と同じくらい……いや、それ以上にキオンの顔は辛そうだった。
……まさか、ほんとにラルスが……?
「っやめろ!!」
ラルスが叫んだ。
「頼む、頼むから、レイには手を出すな……!」
ラルスは床の上で爪を立て、悔しそうにキオンのことを睨んだ。
その顔を見た瞬間ハッとして我に返る。
……俺は、今、なにを考えていた?
キオンの顔を見て、あり得ないと思ったさっきのラルスの発言が一瞬でも『あり得ないことはない』と思ってしまった自分自身が信じられなかった。
「なら答えろ。なぜ、殺した?」
「それ、は……」
途端にラルスの顔が強張る。
本当に言いたくなさそうだった。
それは母さんを殺したというのが嘘だから理由が見つからないからなのか、それとも……、
更にキオンの腕が締まり、俺は悲鳴を飲み込んだ。
苦しい。息が詰まる。
まさか本気で首の骨を折られるんじゃないかと焦り、足をバタバタとさせた。
「っ、殺すつもりはなかった……!」
突如ラルスの口から言葉が堰を切って出てきた。
それを聞いて、俺の首を締め上げていた腕から力が抜けた。呼吸が楽になり、一気に吸い込んだ酸素に噎せて咳き込む。
キオンは俺の首に腕を回したまま、フンと鼻を鳴らした。
「あとからならいくらでも言える台詞だな」
「正直……き、記憶が曖昧なんだ。だが、初めから殺すつもりはなかったと、思う……」
「随分と他人事なんだな。ああ?」
ビクッとラルスの肩が震えた。
「あ、あの日……俺は、買い物に出ていたヴァネッサとたまたま会って……他愛のない喧嘩になったんだ。そんで、カッとなって、護身用のナイフでヴァネッサのことを……」
ラルスは自分が母さんを刺した経緯を説明し始めた。
母さんを刺したあと、その遺体を森に運んだことも、その森で狼の姿をしたキオンに襲われ、頰に傷を負ったことも。
狼に襲われたことで気が動転して母さんをその場に放り投げて逃げてしまい、翌日その場所を見に戻ったら母さんの遺体がなかったことから、てっきりキオンが喰ってしまったと思ったらしい。
俺は黙ってラルスの話を聞いていたが、やっぱり信じられなかった。いや、信じられないというよりも、
「たまたま俺がイラついていたのが悪かったせいかもしれない……本当に、すまない……。謝って済まされることでもないし、俺はこの5年間、ずっとレイにもクシェルにも言わないでいた。ごめんな、レイ……」
……なんだ?
胸クソが悪くなるような、この違和感は。
ラルスは俺から視線を外して「すまない」と、小さな声でまた謝罪を口にした。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
39 / 141