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隠し事
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「……謝るな」
感情を押し殺しているような低い声が聞こえて、俺は振り返った。
キオンが、まっすぐにラルスのことを見ていた。
「謝って済むことじゃねえと分かっているだろ?なら謝るな。胸くそワリィ」
ラルスは小さく息を飲んみ、そしてまた「すまない」と言った。
その瞬間キオンが叫び声をあげた。
「あいつの気も知らねえで謝るなッ!!」
突然の大きな声に驚いて肩を震わせたのと同時に、ラルスがハッとして顔を上げた。
「あいつは、俺に……人狼に会いに来たんだ。ガキのいる大きな腹で、だ。なぜか分かるか?」
ラルスが無言で首を振る。それを見てキオンがフンと鼻で笑った。
「喰われてもいいと言った。そして、あいつは泣いていたんだ」
この話……。
朝、キオンと二人で森を歩いていたことを思い出す。
そうだ、あのとき聞いた話だ。あのとき……、
「それから……譫言みたいに何度も何度も同じことを言っていた。私は取り返しのつかないことをした、とんでもないことをした、と」
いくら聞いても教えてくれなかったこと。
突如、ラルスの態度が一変した。
「ッそんなの嘘だ!レイ、そんな奴の言うことなんて聞くな!!」
さっきまで弱々しく謝っていたと思えないくらい、ラルスは顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげた。
だがキオンは意味ありげに口角をつり上げる。
「そうか、やっぱりお前だったんだな」
一瞬にしてキオンの顔から笑みが消えた。その顔は恐ろしく無表情だったが、見下すような冷たい視線をラルスに投げかけた。
「お前、ヴァネッサに手を出したな」
……は?
キオンの目が俺のことを捉える。
その目はラルスに向けたような冷たいものではなく、俺のことを哀れむような、悲しそうな目をしていた。
「お前の母さんは泣いていた。腹にいるのが、夫の子ではないかもしれないと」
頭を殴られた。
いや、正しくは、頭を殴られたくらいの衝撃が俺のことを襲った。
頭の中が真っ白になった。
「どっちが誘ってそうなったかは知らんが、ヴァネッサが死にたいと思った原因は間違いなくそれだ。生まれてきた子が……つまりレイが、夫の子ではないとバレるのが怖かったんだろうな」
「……そんなわけ、ない!レイ、そんなのは真っ赤な嘘だ。信じるな!」
俺は緩々とラルスのことを見た。
ラルスは頭を押さえながら上半身を起こし、何度も首を振った。
血の繋がりはないといえど、母さんとラルスの兄弟の間に出来たのが、俺……?
「……あり得ない」
俺は思わず笑ってしまった。
「だって、ラルスは母さんの兄貴だろ?そんな……母さんには父さんがいたし、母さんは父さんのこと、」
『兄さん』
いつか見た、幼い頃の夢。
嬉しそうな母さんの顔。
かつて母さんの耳で光っていた、俺の左耳にある柘榴石のイヤリング。そのイヤリングはラルスからのプレゼントだと、母さんは嬉しそうに俺に教えてくれた。
やめろ、そんなわけがない。
そんなこと、ない。あり得ない。やめろ消えろ。
……母さんの顔が、頭から離れない。
「レイ、そんな男の言うことを聞くな」
ラルスは俺のことを真っ直ぐ見て、至極落ち着いた声で言った。
「レイはクシェルの子に決まっているだろう」
その声、かつて俺の髪を梳きながら言った母さんの声がかぶる。
『ふふ、レイの髪はとってもサラサラしてて触り心地がいいわ』
『ママに似たおかげね』
……母さんに似て安心したかったのは、誰だ?
「ッ、あああ!!」
俺はキオンのことを突き飛ばした。
気持ちが悪い。
母さんに似たこの肌の色も、髪の色も、目の色も、ラルスもキオンも、全部が全部気持ち悪い。
「レイ……!」
ラルスが慌てて駆け寄ってきて俺の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。
その手は、母さんを殺した手か?
「触るな!!」
そう思うと虫酸が走って、その手を叩き落とした。
ラルスの顔がくしゃりと歪む。だがそれも一瞬で、床に尻餅をついているキオンの上にのしかかり、キオンの身体を押さえつけた。
「逃げろ!!」
ラルスの怒鳴り声に身体が震えた。
キオンはラルスから逃れようと暴れ出す。キオンの拳がラルスの腹に直撃したが、ラルスは臆することはなかった。
「早く行けレイ!!早く、遠くへ、遠くへ逃げろ!」
「お願いだから」
ラルスが呟いたような気がした。
俺はズボンを掴み、無我夢中で裏口から外に出た。
後ろで咆哮が聞こえてくる。
俺は耳を塞いでひたすら薄暗い路地を走った。
ずっとずっと、走った。
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