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黒髪の男
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「あの、なんで笑うんですか」
自然と声が低くなる。
イズミさんは手袋で目元を拭う。
いや、泣くほど面白かったのかよ。
「だってね、強姦されたあと知らない男にひょいひょいついて行きますか?」
……そりゃそうだ。
「僕がズボンと財布を人質に取ったからなんだろうけど、君は普通に会話出来る状態でしたし。まあ……訳ありなんだろうなとは思いましたけどね」
「……じゃあ、どうして強姦されたかなんて聞いたんですか」
「うーん、なんかされそうじゃないですか、君って」
「ああ?」
それこそどういう意味だ、それは。
「なんか押しに弱いといいますか、単純……ちょろそうな感じがします。なんだかんだ理由つけられると、そうなのかな?ってすぐに思ってしまいません?」
「そ、そんなことは……」
ない、と言いたかったが、特にここ数日思い当たる節が多すぎてはっきりと否定出来ない。
そんな俺を見て、イズミさんの笑みが濃くなる。
「ほら、今だってそうでしょう?僕が君のことをこうだと言えば、君はそうなのかな?って思ってしまったでしょ?」
図星すぎて、もうなにも言えなかった。
「でも襲われたわけじゃないみたいで良かったです」
馴れ馴れしく俺の肩をポンポンと叩いたあと、イズミさんは一旦キッチンへと消えて、マグカップを手に戻ってきた。
「コーヒーと紅茶どちらが良かったのか分からなかったので、真ん中を取ってココアにしました」
どこが真ん中……?と思ったが、差し出されたそれを恐る恐る受け取る。
コーヒーも紅茶も大して好きではなかったので、ココアで良かった。
イズミさんは短くなったタバコを窓枠に置いていた灰皿へ押し付け、再びタバコに火をつけた。見れば灰皿にはすごい本数の吸い殻だ。俺はタバコを吸わないから1日にどのくらいの本数を吸うのが平均的なのか分からないが、それでもかなりの本数だと思う。
イズミさんが俺の視線に気付いてこちらを見てきて、慌てて視線を逸らした。
「相手は、友達かなにかですか?」
その話をまだしてくるのか。
「い、いや、まあ……」
誤魔化してしまえ……。
俺はココアを飲むのに夢中になったフリをして適当に返事をしたが、イズミさんはタバコの煙を吐き出しながら「嘘つくの下手ですね」と笑った。
「……し、知り合い。友達じゃない」
「へえ。お相手さんが君のことが好きだったとか?」
「そんなわけない」
イズミさんは目を瞬かせた。
「即答ですか……」
キオンが俺のこと好き?ないな。
「でも、ヤったんでしょ?」
あまりにもどストレートに聞いてくるもんだから、恥ずかしがってる自分がバカみたいだ。
俺は根掘り葉掘り聞かれることにイラッとして、イズミさんのことを睨みつけた。
「っあーもう、ヤったよヤった!好きでもねえ相手とな!これで満足ですか!?」
開き直って言ってしまえば、すごく楽になった。
「そんな怒らなくたって」
イズミさんが苦笑いしている。
誰が原因だと思って……。
俺はムッとした。
「だ、だって、アンタが色々聞いてくるから……」
「それに」と言いかけて口を閉じる。
イズミさんが不思議そうに首を傾けた。
「なんですか?」
「……なんでもないです」
そんなことを言ったらまた笑われそうだから、言わない方がいい。
俺がそっぽを向くと、イズミさんは俺の顎を掴んで視線を戻させる。そしてまた「なんですか?」と少し口調を強めて言った。
言うもんか。強く唇を噛んでその意思を見せると、イズミさんはすっと目を細めた。
「へえー、そしたらチューしちゃいましょうかね。この可愛いくちび、」
「言います」
「即答ですか」
「つまらないな」とブツブツ文句を言いながら、イズミさんは手を離した。
「わ……笑わないでくださいよ」
キスなんてされるくらいなら笑われた方がマシ。そこに悩む余地なんてなかったが、やっぱり笑われるのは嫌で一応釘を刺しておく。
「それはお約束出来ないですね」
だが、イズミさんは清々しいくらいにはっきりと言い放った。
呆れた。
「そこは嘘でも頷いてくださいよ……」
「嘘でいいんですか?分かりました、笑いません」
もうなにも言わない方がいいかもしれない。
「で、なんですか?」
「……だ、だって変だから」
「なにが?男とヤったこと?」
「い、いや、まあ…それもあるけど」
ただでさえ言いにくいのに、イズミさんが真っ直ぐな目で見てくるもんだから余計言いにくい。
俺は視線を斜め下に向けて、唇を尖らせた。
「普通……セ、セックスつーのは、好きな人としか、しないじゃないですか」
でも俺は好きでもない男とシた。このことを他人に言うのは恥ずかしいというか、物好きだと思われそうで言いたくなかった。それに行為のあとに言っても説得力はないと思ったからだ。
……イズミさんから返事が返ってこない。
やっぱりおかしいこと言っていると思われたのではないかと、イズミさんの顔をチラッと盗み見したが、俺はその顔を見て驚いた。
「イズミさん?」
イズミさんはその黒い目を目一杯見開いて俺のことを見ていた。心の底から驚いている……そんな顔。
「ああ……そうですね」
俺の呼びかけにイズミさんが取り繕ったような笑みをうかべた。
「童貞くさいこと言うんですね」とでも言って笑うと思っていたのに予想外の反応に戸惑って、視線を彷徨わせる。
「同意されると、思わなかったです」
「そうですか?その考え方は普通だと思いますよ。でもそうなると、やっぱり君とセックスをした彼は君のことが好きってことになりますけど」
「そっ、それとこれは別」
イズミさんは「よく分かりませんね」と言いながら首を振った。
……そういえばイズミさんには好きな人がいるようなことを言っていた。あれは……そうだ、タバコの話をしたときだ。
「……イズミさんには、好きな人いるんですよね」
そう尋ねると、イズミさんの顔が少し強張ったような気がした。
「ええ、いますよ」
まずいことを聞いたのではないかと思ったが、次の瞬間には笑顔で頷いてきたから、気のせいだったかもしれない。
「恋人とかですか……?」
「いえ、セフレです」
サラッと、そして人の良さそうな微笑みで、イズミさんは言い放った。
せふれ……セフレ。
俺の聞き間違いでなければ。
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