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黒髪の男
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イズミさんはわざとらしく首を傾けた。
「ええっと、意味が分かりませんか?セックスフレンドですよ。あのですね、セックスを楽しむことを目的とした関係で……そんな目で見ないでくださいよ」
「いや……」
「幻滅しました?」
否定、出来なかった。
「……そうですね、すみません。好きな人としか出来ないとか、そんな甘っちょろいこと言う君には理解出来ないかもしれませんね」
俺はムッとした。
だが、皮肉なことを言っているとは思えないくらいイズミさんの顔は爽やかだった。
「あ、でも僕は相手のことがちゃんと好きですよ。ですが、相手は僕のこと好きじゃないです。それでも出来るんですよ、セックスって」
「そ……、それは、」
虚しくないのだろうか。
俺はその言葉を飲み込んだ。
そろりと視線を下げ、イズミさんの足、靴を見下ろしたあと、床に視線を落とす。
「……なら、好きってなんですか」
その質問は無意識のうちに口から飛び出していた。
ハッとしてすぐに顔を上げたが、言ってしまったことは今更どうしようもなくて俯いた。
「そうですねえ……」
イズミさんはタバコの煙を肺いっぱいに吸い込み、それを吐き出す。
間をためてためて、返ってきたのは「さあ?」という気の抜けた返事であった。
聞いた相手を間違ったな。
「そうですか……」
「好きなもんは好きですから。見返りがなくても」
イズミさんはタバコを灰皿に押し付け、キッチンへと消えた。
なんだか、その言葉には重みがあった。イズミさんとイズミさんの好きな人との関係性を聞いたからかもしれない。
イズミさんは相手が自分のことを好きになってくれなくても、変わらずに好きなんだ。
俺はイズミさんの後を追ってキッチンへと行く。
「……たとえ、それが兄妹だとしても、「好き」は成り立つんでしょうか」
事情を知らないイズミさんだからこそ、出来た質問。
イズミさんは目を丸くした。
「それは家族としての好きですか?それとも……?」
「後者です」
こんなことをきいたら勘繰られて引かれるかなと思ったが、イズミさんは「うーん」と唸り声をあげながら俺の質問に応えようとしているようだった。
「そうですねぇ……。君は、男の人を好きになったことは?」
「はっ?」
「なったことは?」
質問の意図が読めないが、緩々と首を振る。
「やっぱりそうですか。あ、ちなみに僕の好きな人は男性です。年上の」
びっくりして目を瞬かせる。
「え、そ、それは、その、」
「ええ、さっき言ったセフレのことです。男同士、片思い、セフレ、救いようがないですよね。笑ってください」
俺は笑わなかった。というよりも、衝撃的で笑えなかった。
その代わりにイズミさん本人が笑った。
「僕、女性が好きなんです。でも、こんなに人を好きになったのは彼なんです。もう彼と知り合ってセフレになってから……4年ですかね、本気になった相手が男であることを一時は悩みましたが、今は開き直ったので悩んでいないです」
「開き直った?」
「好きになったのが男だったというだけだと」
そんな、考え方があるのか。
「だからそれが兄妹だったとしても、好きになった相手が兄妹だったというだけだと思うんですよね」
イズミさんが「答えになりました?」と首を傾ける。
俺はその答えに納得したというよりも、そんな考え方があるのかという驚きの方が勝った。
母さんがいない今、なにを考えていたかを聞けるのはラルスだけになってしまった。俺はやっぱり、もっとラルスと向き合わなければいけないんだ。
ラルスと……、
いや、違う。
俺はすぐさま首を振った。
身近にいた人物が一人いる。
……父さんは、なにも知らないのか?
「……すみません。そこの棚からティーカップを取っていただいても?」
我に返ると、イズミさんが俺の背後を指差していた。その指差された方を見ると大きな食器棚がある。
確かに棚の中に真っ白なティーカップはあった。
というよりもこんなに立派な食器棚なのにティーカップはそれしかなくて、皿も数枚しか棚の中にない。この部屋に入ったときも思ったが、イズミさんが一人で暮らすのに最低限の物しかない。
「あ、はい……」
俺はまだココアが半分以上残っているマグカップを置いて、棚に手を伸ばす。
食器棚の扉のガラス越しにイズミさんと目が合う。
俺は反射的に目を逸らした。
「す……、すごく立派な食器棚ですね」
「……ええ。ここ家具付きのアパートなんですよ」
その声が異様に近いところから聞こえて、勢いよく振り返る。
目と鼻の先に、イズミさんの顔が合った。
びっくりはしたものの、すぐに悪ふざけだと分かって目を細めた。
イズミさんの横を通り過ぎようとしたが、勢いよく俺の顔横にイズミさんの手がつかれて逃げ場を奪う。棚のガラス戸がガタッと音を上げた。
「なんですか?」
ジロッと睨みつけると、イズミさんはほんの少し口角をつり上げた。
「いえ、男の家にいること自覚していらっしゃるのかなと思いまして」
「どういう意味ですか?」
なぜ、今になってそんなことを。
「さっき言ったじゃないですか。セックスは出来るんですよ」
「誰とでも」
そう呟いたイズミさんの吐息が、俺の唇にかかった。
「あんな格好で路地にいた君に興味があったのは本当です。でも、この髪にも触れてみたくて」
イズミさんの指先が俺の前髪に触れてくる。
俺は思い出していた。
「髪の色、とても綺麗ですね」
『……お前を一目見たとき、なんて綺麗な髪の色だと思った』
こんなことを言われたのは、2回目だ。
イズミさんの指先が滑り落ちてきて俺の唇をなぞる。
「っ、やめてください」
振り払おうと上げた腕を、容易に掴まれる。
それならば股間を蹴っとばそうと、俺が一瞬下を見たのをイズミさんは見逃さず、右足を跳ね上げる前に革靴で踏まれる。
それらが一瞬のうちに起きて、あまりにも手慣れているイズミさんに驚いて息を飲む。
そして、イズミさんの顔が視界いっぱいに広がった次の瞬間には、イズミさんにキスをされていた。
柔らかい。
それからタバコの匂い。
俺が初めてキスをしたのは、イズミさんと同じことを言ったあの男だ。言っていることも、やっていることも、あの男と同じはずなのに、
俺は、全然ドキドキしなかった。
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