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黒髪の男
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それは一瞬ですぐに唇は離されたが、イズミさんはその距離感のまま俺の顔を見てくる。
そして、重々しくため息をついた。
「あの、少しくらい顔を赤くしたり、照れてくさそうに笑ったりしてくれてもいいんじゃないですか?なんか自信失くすんですけど」
そう言われても困る。
まったくもって恥ずかしくないわけではないが、照れはない。それよりもさっきまで好きな人がいると言っていたくせに、俺なんかにキスをしてくる戸惑いの方が大きい。
「どうしてキスなんか……」
イズミさんは問いかけを聞いて、ようやく俺の身体から離れた。
「好きとはなにか、君は聞いてきましたよね?」
「はい」
「僕とキスして、どう思いました?」
「どうって……」
俺は記憶を手繰り寄せる。
「……唇柔らかいなって。あとはタバコ臭えなって思いました」
「それだけ?」
俺が頷くと、イズミさんは自分の口元を掌で覆って匂いを嗅ぎ始めた。
「そ、そんなに臭いですか?」
「ま、まあ」
「そうですか……」
しょんぼり。
悲しそうに顔を顰められたが、あんだけ吸ってて臭わない方がおかしい。
よっぽど臭いと言われたことが傷ついたのか、イズミさんは水でうがいを始め、俺は思わず声を荒げた。
「いや、それで、なんでキスしたんですか!?」
「あっそうでした、すみません」
イズミさんが慌てて濡れた口元を袖で拭う。
「えっとですね、君は僕とキスをしたときにタバコの匂いが気になると思ったわけですね?」
俺は首を振った。
「いえ、気になるというよりも実際臭かったです」
「そうですね、ちょっと気になったんですね」
ちっとも人の話聞かねえな、こいつ。
「僕とのキスにはその感情しかなかった。照れも恥ずかしさも、ましてやドキドキなんてしなかったでしょうね。それは君が僕のことをなんとも思っていないからですよ」
なんとも、思っていない。
「そ、そんなことはないです。変な人だなとか、ずっと片思いなんて可哀想だな、とか思っています。無関心ってわけではないです」
「……わざと言ってますか、それ」
「いきなりキスしてきたんだから、このくらい言ってもいいでしょうが」
イズミさんはなにが言いたげにこちらを見ていたが、やがてフーッと息を吐き出して顔を逸らした。
「まあ、僕の言いたいことはつまり、好きというのは僕とキスをしたときとは違って、多少は照れたり、恥ずかしくなったりするもんですよってことです」
分かったような、分からないような。
当たり前のことを言われたような、凄いことを言われたような。
いまいちな答えが返ってきたが、イズミさんなりに答えようとしてくれたのは分かった。いきなりキスしてくるのは許せないが。
「別に俺はイズミさん以外の人とキスしたって……」
俺はそっと自分の唇に触れた。
イズミさんは、性格はアレだが、背が高くてすらっとしているし、異国人の不思議な雰囲気が魅力的に思われることもあるだろうし、なによりも同じ男から見ても顔はいい方だと思う。
だが、そんな男にキスされてもちっともドキドキしなかった。
……おかしい。それはおかしいのだ。
自然と眉間に皺が寄る。
キオンとのキスはあんなにドキドキしたじゃないか。
キスだけじゃない。
髪が綺麗だと撫でられたときも、うるさいくらい心臓が高鳴った。
イズミさんが言っていることが本当なら、それは、つまり、俺はキオンのことが、
「あ、ココアのお代わりでも……って、なんて顔しているんですか」
俺の顔を見て、イズミさんは唇を尖らせた。
「鏡持ってきましょうか?今自分がどんな顔しているか見た方いいですよ」
「ッいい!」
見なくたって分かる。
イズミさんがキスをしたときにして欲しかったであろう顔を、キオンのことを思い出した今、なっている。
耳まで真っ赤にした、本当に情けない顔である。
イズミさんはさっきまで不貞腐れていた(フリ)をしていたくせに、まるで俺がこんな顔をしているのが嬉しいみたいに口元を綻ばせた。
「それで、君をそんな顔にさせる人はどんな方なんですか?」
そもそも人じゃないとつい言いそうになったものの、これを言うと面倒なことになりそうだから言わないことにしておく。
「……自分勝手な奴です」
ただ一言、そう言った。
それを聞いて、イズミさんは馴れ馴れしく俺の腰に腕を回してきた。
「僕も自分勝手になれば、そんな顔をしてもらえるんでしょうか?」
「勝手にキスしてきておいて、よくもそんなことが言えますね」
俺はイズミさんの手の甲を思い切り抓る。
イズミさんはパッと手を離したが、今度は顔を寄せてきた。
「じゃあ、もう一回」
「ああっ?」
じゃあ、の意味が分からない。
今度こそ股間を蹴っ飛ばしてやる。
俺が足を振り上げたその瞬間、部屋中に耳をつんざくような破砕音が響き渡った。
「っ、は、え?」
俺とイズミさんはほぼ同時に音のした方を見遣る。
キラキラとしたなにかが床に散乱している。それはガラスだと、割れた大きな窓を見て理解した。
そして外から窓枠に足をかけ、身を乗り出してきたなにかと目が合う。
琥珀色の瞳と。
「キ……キオン!?」
それは、キオンだった。
キオンが人の家の窓ガラスをぶち破って、外から現れたのだった。
「え、あれ、ここ二階なんですけど……」という戸惑いを隠しれないイズミさんの呟きなんて、キオンが人狼と知っている俺には疑問にも思わなかった。
それよりも、
「な、なんで、ここにっ?」
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