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匂い
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キオンの琥珀色の瞳が、俺からゆっくりと動いてイズミさんのことを捉える。そしてキオンの眉がピクッと動いた瞬間、足をかけた窓枠から軋む音。
「ッ屈め!!」
ハッとしてイズミさんの身体にタックルした。
俺らは一緒に床に倒れ、イズミさんが後頭部を床にぶつけて悶絶。
刹那、キオンが勢いよく部屋の中へと飛び込んできて床を蹴る。一瞬にして俺らとの距離を詰めて、さっきまでイズミさんの頭があったところをキオンの腕が通過して、背筋がゾッとした。
「やめろキオン!!」
俺は慌てて立ち上がり、キオンとイズミさんの間に立ちふさがる。
再び繰り出されたキオンの拳が、俺の鼻先ギリギリで止まった。
3人の間に暫しの沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは、イズミさんだった。
「ええっと……この街は露出魔が多いのですか?」
イズミさんが頭を摩りながら上半身を起こす。
レストランで狼の姿に変幻して服を破ってしまったせいでキオンは相変わらず全裸である。いや、色々ツッコミをいれたくなるのは分かるが、これもまた説明するとややこしくなるからスルーした。
「そいつは誰だ」
キオンは今にも噛みつかんばかりにイズミさんのことを睨みつけ、低い声を漏らした。
その顔が少し怖くて、スムーズに言葉が出てこない。
「こ……この人は、イズミさん。親切にしてもらったんだ。わ、悪い人ではない……?」
「疑問形」
イズミさんは少し不満そうだったが、すぐさま立ち上がって爽やかな笑みを作りながら、握手を求めてキオンに右手を差し出す。
「初めまして。モモセイズミと申します。取り敢えず全裸で、しかも二階の窓をぶち破って入ってきた君に興味があります。お茶でもしませんか?」
「つか、こんなところでなにしてる?」
キオンは華麗にイズミさんを無視して俺に歩み寄ってきたかと思えば、俺の腕を掴んだ。
俺は戸惑いを隠しきれずに狼狽えた。
「っ、お前こそ、なんで……」
「ここからお前の匂いがしたから」
「そ、そうじゃなくて!」
「ラルスは?」と言いかけたものの、イズミさんに聞かれると思って慌てて口を噤んだ。
「ここは臭い。行くぞ」
俺の様子を見てそれを察したのか、本当にタバコの匂いに耐えかねたのか、キオンは掴んだ俺の腕を力強く引っ張ってきてきた。
「ど、どこにっ?」
戸惑いながらも、キオンの凄まじい力に引っ張られていく。
そのとき、キオンに掴まれていないもう片方の腕を背後から掴まれた。
「……この方は?」
冷ややかな声に振り返れば、イズミさんがキオンのことを見ていた。それからイズミさんの目が僅かに動いて俺の下半身を捉えた瞬間、なにを言いたいのかを察した。
あまり聞かれたくない。
「ただの知り合いです」
強引な答えだと知りつつも誤魔化そうと答えたが、突然キオンの腕が伸びてきて、俺の肩に回されるのと同時にキオンの方へと引き寄せられた。
まばたきをしたその一瞬、キオンの顔が近づいてきて身体が強張る。
すごくすごく近いところにキオンの顔があった。
それはもう、キスが出来るんじゃないかというくらいの距離感。
「っ、」
ボッと顔が熱くなるのを感じる。
まさかと思って身構える。しかし、キオンは俺の口元に鼻先を寄せて犬のようにフンフンと匂いを嗅いだあと、すぐに顔を離して、一言。
「くせぇ」
「……あ?」
それはなんだ、俺の口が臭いとでも言いたいのか?
顔に集まった熱が急速に冷えていき、キオンのことを睨みつける。
しかし、睨まれた本人はもう俺のことなんて眼中にもなく、俺の腕を掴んだままのイズミさんのことを凝視していた。
不意にキオンが顔を逸らしたと同時に、イズミさんはなぜか微笑んだ。
「君がそんな顔をする相手なら大丈夫ですね」
……は?
イズミさんが俺の腕を離す。するとキオンはひょいっと俺の身体を肩に担いだ。
「っな、!?お、おい、キオン!下ろせ!!」
突然のことに驚いて、つま先でキオンの胸元を叩く。しかしキオンはがっちりと俺の腰を掴んで離さず、歩き始める。
「おい!どこ向かって、」
「口閉じてろ。舌噛むぞ」
「はあ!?」
風が頬を撫でて、俺は察した。
……こいつ、窓から飛び降りるつもりだ。
さあっと血の気が引いた。
「ッむ、無理!!嫌だ、離せッ!死ぬ!!」
「うるせぇな、このくらいの高さでガタガタ騒ぐな」
視界が揺れた。
見れば、キオンは窓枠に足をかけていた。
「え、あ、ほ、ほんとにっ?」
思わず声が裏返る。
こいつ、本気でここから降りるつもりなのか?
無我夢中でキオンの背中を殴っていたが、気配を感じて顔を上げると、イズミさんが目の前に立っていた。
その顔はなにか言いたそうで、俺は動きを止める。
「イ……イズミさ、」
「お話できて楽しかったです」
イズミさんは、優しげに微笑んだ。
「さようなら、レイ。どうか、お元気で」
「え……?」
返す言葉が見当たらなかった。
俺が大人しくなった隙にキオンが窓から飛び降りて、すぐさま気持ちの悪い浮遊感が襲ってくる。
「っ、は、」
今なんて、イズミさんはどうして、
俺は必死にキオンにしがみつきながら、先ほどまでいたアパートの部屋を見上げる。
「ど、どうして」
着地。その瞬間、舌を噛んでしまって顔を顰めた。
イズミさんは窓から俺のことを見下ろし、手を振っていたが、キオンは着地した瞬間に走り出して、どんどんアパートから離れていく。
だが、俺はずっとずっとアパートの方向を見ていた。
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