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匂い
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しかしキオンの顔を見て、俺は固まった。
さっきみたいな冷たい顔でさえ珍しいと思ったが、今の顔はなんだ。
キオンは顔を背けた。
「え……ちょっと待って、キオン。こっち向け」
思わず立ち上がって、キオンの顔を覗き込む。
見えた、キオンの顔。
真っ赤な真っ赤な、顔。
「な、んだよ、その顔」
「……うるせぇ」
キオンは俺に背中を向け、再び顔は見えなくなった。
キオンは人狼だ。
人間の姿をしているが、人間ではない。
そんなこと、レストランで狼の姿を見たから分かっているはずだ。
父さんの右腕を奪い、俺だって散々酷い目に遭わされてきた。
なのに、
今のキオンの顔は、なんて人間臭いんだろう。
「……なあ、キオン」
俺はキオンの手首をそっと掴むと、少しの間があったあとにほんの少しだけ振り返って俺のことを見る。
キオンの耳はほんのり赤かった。
「キオンって……俺のこと、好きなの?」
キオンの表情が強張った。
……マズい。
「な、なーんて……、」
そう言った瞬間、俺は思いっきり突き飛ばされた。
なにが起こったのか理解するより早くキオンが馬乗りになってきて、その大きな右の掌が俺の首を掴む。
また乱暴されるのではないかと思い、反射的に目を閉じて身体を強張らせる。
「……?」
しかし、いつまで待ってもなんの衝撃も訪れない。
恐る恐る目を開けると、目の前に眉を寄せて唇を噛むキオンの顔があった。
「ど……どうした?」
その顔があまりにも苦しそうで、切なそうで、俺はこの状況も忘れて、思わずキオンの顔に手を伸ばす。その赤い頰に触れた途端、キオンが俺の手の甲を掌で包み込んできた。
そして顔を横に向けて、俺の掌にキスをしてくる。
「っ……や、やめろ」
その手を振り払うことも出来たのにそれをしなかったのは、その表情が妙に色っぽくて目を離せなかったせいだ。
少しの間のあと「俺は、」とキオンが口を開いてなにか言いかける。しかし躊躇ったのか、俺から少し視線を外した。
「……お前らが森に入ったときから、ずっと身を潜めて見ていた。ヴァネッサを殺した金髪の男の匂いがしたからな……そして、その男が大事にしているのはお前だとすぐに分かった」
金髪の男……ラルスのことか。
「あいつから大事なものを、つまりお前を奪えばヴァネッサの復讐になると考えて、お前を連れ去った。満月も近かったし、丁度いいと思ってな。満月の日にお前を喰っちまって、それで……それでもう、終わりだと思ったのに」
キオンの目が細められて、俺の手の甲を何度も何度も撫でる。その手つきは優しかった。
「……お前を殺すのが惜しくなった。お前を森から送り出して、さっさと忘れちまおうと思ったのに……。どうして俺が誘われるがまま、この街に来たと思っている?お前がいるから、来たんだ」
……キオンは、なにを喋っているんだ?
俺の頭の中は混乱していて、キオンの言っていることを整理しようとするが、うまくいかない。俺も頭がおかしくなったみたいだ。
「レイ」
キオンがこちらに視線を戻し、名前を呼びながら俺の髪に触れた。
「お前の髪は、本当に綺麗だな」
キオンの顔が近付いてきて、直感的にキスされると察した瞬間、俺はキオンの身体を突き飛ばしていた。
油断していたのか、キオンはそのまま尻餅をついて目を瞬かせる。しかし驚いたのは突き飛ばした俺自身も同じだった。
俺は慌てて身体を起こし、キオンに駆け寄る。
「ご……、ごめん……!」
キオンの肩に手を伸ばした瞬間、キオンの手が俺の掌を叩き落とした。
「……触るな、人間」
さっきまでの優しげな視線とは全く違う、冷たい目が俺のこと射抜き、一瞬にして身体が硬直する。
キオンは重々しくため息をつきながら立ち上がった。
「あー悪い、俺が悪かったんだな」
「は……、えっ?」
「そりゃ散々お前のこと犯してきておいて、今更好きとか頭おかしいよな」
好き。
俺のことが、好き……?
その言葉が俺の頭の中をぐるぐると回る。
しかしキオンは俺から視線を外すと、踵を返してこの場から去ろうとする。
「ま……、待って!待ってくれ、キオン!」
俺はハッとして我に返ると、慌ててキオンを引き止めようと駆け寄った。
キオンのことを引き止めて、それからどうしようかなんて考えていない。
だけど、このまま別れるのが嫌だという一心で、俺はキオンの腕を掴んだ。
不意に、頭の中にイズミさんの言葉が再生された。
『まあ、僕の言いたいことはつまり、好きというのは僕とキスをしたときとは違って、』
この髪のせいで嫌われることの連続だった。
だから俺の髪を綺麗だと言ってくれたのも、好きだと言ってくれたのも、イズミさんに言われたときよりもずっと、ずっと、比べ物にならないくらい心臓がドキドキして、嬉しかったはずなのに。
キオンに向けられた好意を感じ取った瞬間、俺は恐怖したのだ。
「キオン、」
そうだ、俺の気持ちをちゃんと伝えよう。
キオンなら分かってくれる。
だってキオンは、本当は優しい人だって、俺は、
刹那、目の前になにかが飛び散った。
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