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匂い
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それがなんなのか理解できなかったが、思うように身体が動かなくてキオンの手を離してしまう。
「ぐ、……ッ」
息を吸い込んだ瞬間に身体中に激痛が走り、恐る恐る視線を落とし、俺は思わず悲鳴をあげそうになった。
左肩から右の脇腹にかけて斜めに、獣の爪痕が走っていた。そこから血が滲み、じわじわと俺のシャツを汚していく。
さっき目の前に飛び散ったあれは、血だったのだ。
そしてその傷は誰によってやられたかなんて、そんなの考えなくたって分かる。
「キ、キオン……?」
激痛に表情を歪めながら、キオンのことを見上げたがその長い前髪のせいで表情が伺えない。代わりに、その右手が灰色の毛に覆われ、伸びた鋭い爪から俺の血液が滴り落ちているのがはっきり見えた。
……なぜ?
それを見た瞬間、足がもつれて前のめりに倒れ、その衝撃が傷に響いて呻き声をあげる。
激痛の中、ようやく開けた薄目からキオンの足が見えたが、その足は踵を返してそのまま俺から遠退いていく。
まだ、まだ話は終わってない。
俺は最後の力を振り絞って、キオンに向かって手を伸ばした。
「……行かないで」
俺が熱を出したときも、こうやってキオンに手を差し出した。あのときは嫌な顔もしないで俺の手を取ってくれたのに、キオンの足は少しも止まることなく、そのまま俺から離れていく。
それを見て、ふっと身体から力が抜けた。
ヒューヒューという変な音が耳障りで仕方なかったがこの音は自分の呼吸だとすぐに気付いた。
遠くの方で、キオンの遠吠えが聞こえる。
何度も何度も、吠えている。
その声は獣そのものだった。
バカだなあ、俺。
キオンは人狼だろ。そんなの分かっていたのに、どうして期待した?
キオンが俺のことを好き?そんなわけない。
俺が、キオンのことを好き?……そんなわけない。
悲しい?悲しくない。
俺は、悲しくない。
自分の血の匂いに吐き気を感じながら、目蓋が落ちていく。すごく、眠たかった。
遠くで大きな音がする。聞き慣れた銃声の音だ。
……父さんの声?
なにを言っているのか分からないが、銃声を縫うように父さんの怒鳴り声が聞こえる。
誰かが、こちらに向かって走ってくる足音がした。それが誰なのか見ようとしたが、目蓋が開かない。それどころか指一本動かなかった。まるで身体が石になったみたいだ。
「っ、レイ!!」
身体を抱き締められる。
やめてくれ、傷に響く……開かなかったはずの目蓋がうっすら開いた。
目の前に、ラルスがいた。青い瞳を潤ませて、今にも泣きそうになりながら俺の顔を覗き込んでいた。
その顔は森で俺を見つけたときの顔とよく似ていた。
そういえば、あのときもラルスが一番に駆け寄ってきて俺のことを抱き締めてくれた。いつだって俺のことを心配するのは父さんではなく、ラルスだ。
「レイレイ、死ぬな!!俺のことを見ろ、レイ!絶対に死なせないから、お願いだレイ……っ」
ラルスの瞳から大粒の涙が溢れた。
ラルスの泣き顔を見たのは初めてで、俺は少しびっくりする。
……ぶっさいくな、泣き顔だなあ。
笑ったつもりだったが、上手く笑えた自信がない。
ラルスがなにか俺に話しかけているようだったが、何を言っているのか分からない。
こんなに近くにいるのに、ラルスの声が聞こえない。
俺はゆっくり目蓋を閉じた。
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