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傷
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全部夢だった。
キオンと出会ったこととか、父さんの右腕がなくなったこととか、母さんとラルスの間に出来たのが俺だったとか、そんなの、全部全部、夢だった。
そう思うくらい、短期間で本当に沢山のことがあったと思う。
だけど……夢だったら良かったのにとは思わなかったのは、なぜだろう。
目を開けると真っ白な天井が見え、俺はベッドの上に寝かされていた。
視界の端で真っ白なカーテンが風に揺れており、外は夕暮れだった。
「ここは……」
少し身体を動かしただけで鈍痛に襲われて、途端に顔を顰める。
かけられた布団を捲ると肩から腹にかけて包帯がぐるぐる巻きにされていて、それを見た瞬間にやっぱり夢じゃなかったんだなと思った。
ガタンッとなにかが倒れる音がする。
ゆっくりと顔を横に向けると、ラルスが驚いた表情で俺のことを見ていた。
「レイ……?」
見れば、丸椅子が倒れていた。ラルスが立った拍子に倒れてしまったのだろう。
「……なんて顔してんだよ」
俺はぎこちなく笑った。
ラルスの目の下には薄っすらとクマがあって目も赤く充血している。髪の毛もボサボサで、着ているシャツもヨレヨレだし、恐らく寝ないでずっと俺のそばにいてくれたのだと言われなくても分かった。
だって、ラルスはそういう人だから。
ラルスがなにか言いたげに口をパクパクさせたが上手く言葉が出てこなかったようで、「よかった」と掠れた声で呟いた。
「もしかしたら、もう……目が覚めないんじゃないかと思った」
ラルスは起こした椅子に腰かけると、俺の手をそっと握った。
「大袈裟だなあ」
「ッなに言ってる!?3日も寝てたんだぞっ!」
「えっ?」
思わず目を見開く。
そんな、寝ていたのはたかだか2時間くらいだと思っていたのに……あれから、3日も経ったのか?
「そ、それじゃあ、ここは」
「病院だ。とにかく出血が酷くてな……」
通りで、消毒液の匂いがする白を基調とした部屋だと思った……。病院は嫌いだなんてワガママは言っていられないが、一人部屋っていうのは不幸中の幸いってやつだ。大部屋は気を遣う。
「傷が残るかもしれない」とラルスは顔を顰めたが、俺にとってそんなのはどうでも良かった。
「キオンは……?」
俺の一番の質問が人狼に対してのことだったことに驚いたのか、ラルスの動きが固まる。
「あ……ああ、取り逃がした。この3日の間、行方を捜したのだが、未だ行方知れずだ。森に戻ったことも視野にいれて捜索しているのだが……、その……」
歯切れの悪くなったラルスに眉をひそめる。
「なんだよ」
「……猟師だけでは人手不足なんだ。怪我をして動けないのが十数人、動けるが人狼の力を怖がって戦力にならないのも十数人。奇跡的に死者は出ていないが、みんなが怖がるのも無理がないと思う……」
俺はそれを聞いて、真っ先におかしいと思った。
「……ラルス。それは本当に奇跡か?」
「えっ?」
「だっておかしいだろ。誰も死んでないなんて」
キオンのパワーとスピードさえあれば、人を殺すなんて容易なはずだ。
「そ、それはそうだが……それは人狼が手を抜いていたということになるぞ。なぜそんなことをする必要があるんだ?」
理由は分からない……俺は首を振る。
だが、奇跡なんて言葉で済ませてしまうのも、おかしい気がする。
「なあ、レイ。お前、あの人狼の肩をもつのか?」
ドキリと心臓が高鳴った。
「は、はあ!?んなわけねぇだろ!?」
俺が慌てて否定すると、ラルスは安堵したようにホッとしながら息を吐き出した。
「そうだよな……いくらヴァネッサと関わりがあったとしても、相手は人狼だもんな。いやよ、レストランでお前は人狼のことを庇っただろ?それに人狼に攫われたのに、お前は殺されるどころか怪我ひとつしていなかった。だから、お前と人狼の間でなにかあったんじゃないかと疑っている者もいてな」
「そ、そうか……」
……俺が嫌われ者の赤毛だから、余計そう思われているのかもしれない。
大して気にしていない態度を取ったが、まさか小屋での出来事がバレているんじゃないかと思って、内心ハラハラしていた。バレるわけがないのに。
「森でなにがあったか分からないが、人狼に脅されていたんだろ?その……アレも」
「アレ?」
意味が分からなくて首を傾けると、ラルスは俺から視線を逸らした。
「なんだよ、アレって…………あ」
ようやく分かった。
そういえば、見られたんだ。下半身丸出しのところ。
途端にかあっと頰が赤くなる。
「そ……そう!脅された」
「だよな!そうだ、そうに決まっているもんな」
ま、まあ、脅されたことに変わりはないし……。
ちょっぴり罪悪感を感じたが、この場はこれで収めることにした。
「そうだよな……その傷だって、あの人狼にやられたんだろ?もし駆けつけるのが遅かったら危なかったらしいからな」
……そうだ。
なぜあのとき、ラルス達はあんなに早く来れた?
それは、たまたま運の良かった偶然だった?まるで俺達の居場所が初めから分かっていたのではないかと、思うくらいだ。
俺は小さく唾液を飲み込んだ。
「なあ、ラルス。どうしてラルスたちはすぐに駆けつけることが出来たんだ?」
「は?ああ……、聞こえたんだよ」
「聞こえた?」
「狼の遠吠えが」
そういえば、あのときキオンは何度も何度も吠えていた。今思えば、あんなのわざわざ居場所を知らせているようなものじゃないか。
……まさか、キオンが人を呼ぶために?
いや、そんなわけない。だって、俺に怪我をさせたのはキオン本人なんだから、そんなことをしてなんの得になる。
だが……、どうも引っかかる。
一人も死者が出ていないということと、俺が今生きていることが。
「レイ?」
ラルスの声でハッとした。
慌ててラルスの方を見ると、ラルスは不安そうに表情を曇らせていた。
「……レイ。お前を外に逃がしたあと、人狼と取っ組み合いになってな……予め避難させていたあの家の住人がクシェル達を連れてきてくれたおかげで、俺は大した怪我もしなくてすんでよ。だが……人狼を逃しちまったせいで、お前に怪我をさせてしまった」
「そ、それは、違う……!」
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