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傷
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俺は目を伏せた。
「お前が、悪いんじゃない……」
「だ、だが!!お、俺は、それ以外にもお前に謝らなきゃいけないことが……」
きっと、この瞬間、俺とラルスの頭の中には同じ人の顔が浮かんでいる。
「……俺がラルスの子供かもしれないっていうことも認めるのか?」
ゆっくりとラルスの方を見ると、ラルスはすごく驚いた顔をしていた。それは俺があまりにも穏やかな顔をしていたからかもしれない。
嫌悪感も怒りもなく、心の中は穏やかだった。
ラルスが首を振る。だが、首を振るたびに目から涙が零れ落ち、やがて下唇を噛んで黙り込む。
その涙がなによりの証拠だったが、俺は今更驚くこともなかった。
俺はその涙から顔を逸らそうと、窓の外へと視線を向けた。
「……じゃあ、もう一つ質問。母さんを殺したのは、本当にラルス?」
ラルスの身体が、小さく震えた。
「ほ……、ほん、」
「嘘」
「レイ…っ」
「嘘だ」
ラルスの顔が強張る。
「……嘘だと思う根拠は?」
「お前、嘘つくの下手なんだよ」
俺は思わず口元を緩めた。
「根拠があるわけじゃないけどなんか変だなって……あと、ラルスは人を殺すような人間じゃねぇって思ってるだけ。それが理由じゃ不十分か?」
「それはレイが思っているだけだ。だって俺は、自分の妹に手を、」
そこまで言いかけて、しまったと言わんばかりに顔を顰める。
ラルスはそのことをキオンに言われたとき、必死に否定していたのに、今それを自分で認めてしまった。
俺は、小さく息を吐き出した。
「……そっか。俺はラルスの子なんだな」
「そ……それは……、その、可能性があるというだけで確かじゃない!」
認めてしまった以上もうラルスは否定しなかったが、俺はショックというよりも、変な話だが妙に納得していた。
「俺は不倫していた母さんのことも、妹に手を出したラルスのことも、許すことは出来ないけど……でも不思議だ。そりゃ最初聞いたときはびっくりしたけど、今までのラルスの行動を思い出したら納得した」
握った俺の手を、ラルスが離す。だが今度はその手を俺が掴んだ。
「だってラルスはいつだって俺のことを大事にしてくれたもんな」
それこそ、父さんよりも。
ラルスが眉間に皺を寄せ、無言のまま顔を俯かせる。
なんだかラルスのことを責めているようだったが、まだ確かめたいことがあった。
確証はない。
しかし、どうにもラルスが人殺しをしたとは思えない俺が、考え出した推測。
なぜラルスがやってもいない人殺しをしたと言ったのか。
「ラルス。もしかしてお前は、」
心優しい彼だからこそ、ついた嘘。
「誰かのことを、庇っているんじゃないか?」
ラルスはすぐに顔に出る。
俺は注意深くラルスの表情を伺った。
だが、
「なにを言っているんだ?」
ラルスの顔は本当に俺の質問に疑問をもっているようだった。
その表情は予想外だった。
「あのな、レイ」とラルスが諭すように話し出した。「俺は確かにお前のことが大事だ。お前のことを守らなければいけないと、この20年間思ってきた。だけど、俺は汚い人間なんだよ」
「ッでも、俺はどうにもお前が母さんを殺したなんて信じられなくて……!」
ラルスの顔が、優しげな微笑みに変わった。
「それはレイが信じたくないだけだよ」
俺は言葉を失った。
「レイ、少し喋りすぎだぞ。夕食まで1時間くらいだから、それまで寝ていた方がいい」
ラルスが手を離させ、俺の頭を撫でる。
「また明日来る。ゆっくり休めよ」
「ま……待って、」
俺は咄嗟にラルスの手を掴もうとしたものの、その手はすり抜けていった。
ラルスが手を振り、病室を出ていく。俺はそれを見送るしかなかった。
……なにも、言い返せなかった。
だって図星だったから。
ラルスは人殺しなんてしないと、俺自身が信じたかったから。
シーツを力一杯握り締める。身体に力を入れると傷に響いたが、それも気にならないくらいだった。
悔しい。
悲しい。
辛い。
色んな感情が入り混じって、今どんな顔をしているのか自分でも分からない。
窓の外の夕日を睨みつける。八つ当たりもいいところだが、今はこの夕日すらも憎たらしい。
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