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傷
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その次の日、ラルスは来てくれた。
本やお菓子を持ってきたり、その日1日の出来事を話してくれたり、少なくとも半日は俺と一緒にいた。
それが間接的に俺に怪我をさせてしまったという罪悪感からか、俺が息子かもしれないからか、はたまたその両方か、それは分からないが、ラルスのおかげで退屈はしなかった。
入院して6日目。
この日、ラルスは昼過ぎに顔を出した。
「レイ、お土産だ。食うか?」
ラルスが差し出した紙袋の中はチョコチップクッキーだった。確かにクッキーも好きだし、チョコも好き。だが、こうも毎日持ってこられるのは困る。
「あのよ、ラルス。来るたびにお菓子持ってこなくてもいいぞ……?」
「気にしなくていいんだぞ。高いもんでもねぇし」
「いや、あの……ほら、太るし」
本当は申し訳なさを感じていたからだったが、ラルスのことだからそんなことを言っても「遠慮するな」と言うに違いないと思って、体型のことを理由にしてみたが、それを聞いてラルスは大きな声で笑った。
「なあに言ってんだ!レイはもう少し太っても大丈夫だぞ!」
あれ、これ、前にも誰かに言われた気がする。
「んなことねぇって。毎日こうやって寝てるだけなんだから」
「でもお前、飯残してんじゃねぇか」
「えっ」
びっくりした。
ラルスは俺に気を遣っているんだか、食事の時間には見舞いに来たことがない。だから飯を残しているなんて知らないはずなのに。
俺は恐る恐る口を開く。
「な、なんでそれを……?」
「お前の偏食振りは、看護師さん達の間で有名になってるぞ。少しの量でも、どんなに小さく刻んでも的確に弾いて残すって。いい歳なんだからいい加減野菜嫌い直した方がいいぞ」
子供の頃から、野菜は幅広く嫌いだ。
トマトも、キュウリも、玉ねぎ、ナス、ピーマン、ほうれん草、ニンジン……あげればキリがないから、逆に食べられるのを言った方が早いかもしれない。
「そうは言っても嫌なものは嫌だ」
「そんなことを言ったら、いつまで経っても大きくなれねぇぞ?」
「ほざけ。これ以上大きくなるわけねぇだろうが……それによ、嫌いな物を無理に食べるってことはストレスになって逆に身体に悪いと思うな、俺は」
それを聞いて、ラルスがハッとして目を見開く。
「その考え方はなかったな……」
「な?そう考えたら無理に食べない方がいい」
俺が力強く頷いて見せると、ラルスは唸り声をあげながら顎髭を摩る。
多分この言い分が通じるのはラルスだけだと思う。
真剣な顔をして「なるほどなあ」と頷いて納得してしまったラルスを尻目に、クッキーを口いっぱいに頬張る。なんだかんだ言っても、ラルスが土産を持ってきてくれるのは嬉しい。
それから、今日もラルスのバカ話を聞いた。
ラルスの話は俺でも分かるくらい大袈裟で盛られているが、それが面白いのも確かである。
俺は病院ということも忘れて声を出して笑うと、それにつられてラルスの声も大きくなる。そして駆けつけた看護師さんに怒られる。
この一連の流れを、この6日で10回もやっているのだから学習していないと思う。
そして、共通点がもう一つ。
あの日以来、母さんのことを一言も話していない。それは俺があえて避けているわけではない。
ただ、毎日来てくれるラルスの顔を見ていると、どうにも言えないのだ。
多分……今日もその話は出来ないと思う。
しかし、必ず聞くことがある。
「……なあ、ラルス」
「ん?」
「キオンは……?」
このことを聞くと、ラルスは決まって悲しそうな顔をしてこういうのだ。
「今日は……森に入らなかったが、明日か明後日行くとクシェルが言っていたから、人狼が見つかるのも時間の問題だと思うぞ」
「そうか……」
また、人が集まらなかったのか。
ラルスは言わなかったが、今日行かなかった理由は容易に分かった。
ラルスの話を聞くところ、人狼討伐に熱心なのは父さんくらいだ。あとの猟師はキオンを怖がって、手を出したがらないのだろう。今までなにもなかったからそう思うのも無理はないが。
「まあ、まだ森にいればの話だけど……なあ、レイ」
ラルスが俺の顔を覗き込む。
「レイはなにも心配しなくていいんだぞ。きっとクシェルが退治してくれるからな」
「……うん」
俺はラルスの瞳を見返したあと、俯いた。
違う……心配はしているが、ラルスの言う心配事とは違うのだ。
「それじゃあ、レイ。そろそろ行くから」
「……うん。ありがとうな」
ラルスは軽く手を振って、病室を出て行く。俺はそれを見送ったあと、大きくため息をついた。
ラルスは俺がキオンに酷い仕打ちを受け、復讐を望んでいるから、ラルスが来るたびに近況を聞いているのだと思っているようだがそれは違う。
いや、そう思うのが普通なのだ。
……キオンに会いたい。
そう思う俺は、きっと頭がおかしいのだろう。
だが、ここでじっとしているなんて嫌だ。
討伐メンバーに加えてもらうことも考えたが、ラルスに言ったところで絶対に反対されるに違いない。
俺は眉間に皺を寄せる。
父さんに頼めば、もしかしたら……そんな考えが思いついたが、すぐに首を振る。
無理だ。俺が入院してから、父さんと会っていない。父さんは一度も見舞いに来ていないのだ。
……多分それどころじゃないんだ。
頼む相手はいない。
それならば、自分で動くしかない。
俺は窓から外を見遣った。
消灯時間まで、残り8時間。
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