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傷
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病室が、闇に包み込まれた。
消灯から三十分後、ベッドの上で耳を澄ましていた。
看護師が廊下を歩く音が聞こえる。
俺の部屋の前を通り過ぎて行ったのを聞き遂げると、ベッドから跳ね起きた。
カーテンを開けて真っ暗な部屋を月明かりで照らすと早速作業に取り掛かる。
引っ張ってきた椅子に乗ってカーテンを外し、一部を硬く結ぶ。一度窓から外に垂らしてみたがカーテンだけでは長さが足りず、マットレスから剥がしたシーツも結びつけて補った。
「……よし」
病室が二階であったおかげで、カーテンとシーツだけで事足りて良かった。
俺は今晩、病院を抜け出すことにした。
勿論行き先は、事の発端であるキオンの住む森だ。
本当はもっと早く行ければ良かったのだが、なにせ身体がうまく動かなかった。
もしキオンが討伐されたという連絡が来たらどうしようかと、毎日が気が気でなかった。父さん達がまた森に入るということを考え、動けるようになった今晩抜け出すことを決意した。
俺はベッドを窓際ギリギリまで押してくると、ベッドの足にロープ代わりにしたシーツをキツく結び付け、何度か引っ張って外れないかを確認。
コートを羽織ると、窓枠に両足を乗せて立った。
夜風が少し冷たくて目を細める。
暗いから下が見えなくて怖くないと思ったが、その暗さが逆に恐怖を煽り、降りるのに躊躇した。
下を見ているうちに、ぼんやりと今ならまだ引き返せるなと思った。
もしかしたらキオンは森を出たかもしれない。
俺が行ったところで、キオンは姿を現さないかもしれない。
行ってみないと分からないことは分かっているが不安なことしかなかった。
だが、退院なんていつになるか分からないし、それまでじっとしているなんて絶対嫌だ。
俺は滑らないように掌の汗をズボンで拭うと、腹を括って身を乗り出した。
「っ……と」
実際は短時間だったかもしれないが、ものすごく長く感じた。
途中、ロープ代わりのカーテンが大きく揺れたときはヒヤッとしたが、なんとか下まで降りてくると、俺はホッとして大きく息を吐き出した。
ここまでくれば森まで走るだけだ。
だが……もしかしたら、森の出口に誰かいるかもしれないな。
武器かなにかをあれば、とそこまで考えたとき、背がゾッとして勢いよく振り返る。
……?
なにか違和感を感じた。
暗闇をよく見ようと目を凝らした瞬間、闇が蠢いた。
否、違う。誰かいる。
俺は慌てて背後に飛び退く。
黒いコートを着てフードを被った人だ。俺よりも身長も高く、体格もいい。恐らく男。
それが病院の入り口横に植えられた木の裏から飛び出してきたのだ。
病院の関係者かもしれないと思ったが、そいつの持つナイフが月明かりで光り、それを見た瞬間違うと断言したと同時に、敵だとみなす。
俺は地面を蹴って、一気に距離を詰める。
男が勢いよくナイフを突き出し、それを避けると同時に脇腹に拳を打ち込む。その瞬間腹の傷に響き、思わず顔を顰める。
しかし、そんな痛い思いをして打ち込んだ攻撃も男には対して効いていないようで、焦って離れた。
拳が痛い……どんな身体してんだ、こいつッ!
今度は男の拳が顔面に向かって飛んできて、慌てて両腕でガードしたが、勢いを殺しきれず壁に背中をぶつける。
それを痛がっている暇もなく、再び男がこぶしを振り上げたのが見えてゾッとした。
「ッ、!」
咄嗟に垂らしたカーテンを掴み、すんでところで上へと逃れると、男はそのまま壁に拳を打ち付けて呻き声を上げた。
それを見て、頭で考えるよりも身体が動いた。
俺はカーテンを掴んだまま壁を蹴り、身体を捩らせながら男の顔横を思いっきり蹴っ飛ばす。
地上にいるよりも全体重がかかった重い蹴りに男の頭が揺さぶられ、その巨体がフラフラとよろめく。そして数歩歩いたところで倒れた。
俺はカーテンから手を離して地面に降り立つと、男の身体を爪先で突っつく。しかし脳震盪を起こしたのか反応はなかった。
「ったく、なんなんだ……」
まるで俺が降りてくると分かっているようなタイミングで現れた。
そのせいで傷が痛みやがる、このクソ野郎が……。
どうせ人攫いかなんかだろうが、一応顔を見ておこうと思って、男の身体をひっくり返して乱暴にフードを取る。
しかし、男の顔を見て俺は驚いた。
見たことがある顔だった。知り合いというわけでも、名前を知っているわけでもない。だが、間違いない。この男は、見たことがある。
俺は思い出そうとして、頭をフル回転させた。
この男は、確か……そうだ。俺と同じ猟師だ。一緒に猟に行ったことはないが、父さんとラルスと一緒にいるところを見たことがある。そういえば、昔、家に飲みにきたこともあったような……、
そこで一つの可能性が浮かび上がり、俺は慌てて男が出てきた木の下へと駆け寄る。
見れば、木の根元に紙袋が置いてあった。その中身は食べかけのパン。
近くには二つの水筒が転がっており、よっぽど慌てたのか一つは蓋が開いていて中身が零れていた。
それを見て、俺は確証したと同時に大きく息を吐き出した。
この男は恐らく、俺が病院を抜け出さないように、もしくは抜け出した場合止めるよう言われて、ここで見張っていたのだ。そして、それを頼んだのはあいつしか思い浮かばない。というか、あいつだろう。
「……ラルスめ」
俺の考えを読まれてる。
水筒が二つあるということは、見張りは二人の可能性が高い。そこで伸びているのが一人、もう一人は大方俺が駆け出そうとカーテンを垂らしたのを見て、ラルスを呼びに行ったのだろう。
俺は男の持っていたナイフを手に取るなり、逃げるようにその場から離れた。
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