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傷
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夜遅いということもあって人一人歩いていない。
しかし妙に背後が気になって何度も何度も振り返りながら走っていたが、やがて息が切れて足を止めた。
もう、ラルスのところに知らせは届いただろうか。
誰に聞かせるわけでもなく「ごめん」と掠れた声で呟いて、再び歩を進める。
しかしその直後、飛び出してきた黒い影に驚いて、持ってきてしまったナイフを構える。しかしなんてことないただの猫で、素知らぬ顔をして俺の横を駆けていく。
たった猫一匹に驚くなんて、情けない……。
街灯がまばらにあるものの、薄暗くて気味が悪いと思ったが、街の中でそんなことを言っていたら灯りひとつない森ではどうするつもりだ。
そう言い聞かせて、自分を奮い立たせる。
周囲に注意しながら歩き進めていたが、道の横に止められた馬車に気づき、俺は何気なくそれを見ながら通り過ぎる。
大きな馬車だ。誰か夜逃げでもしようとしてんのか?
なーんて……。
馬車に気を取られていたせいで、なにかにぶつかる。
人だ、馬車の陰から出てきた人にぶつかった。
「すみませ……」
咄嗟に謝罪の言葉を口に仕掛け、俺は固まる。
それは相手の男も同じだった。
どこかで見たことがある顔だった。
どこでだろうと考え、不意に男の首を見た瞬間、背筋がゾワっとした。
距離をとろうとして、後ろに飛ぼうとしたものの、男が足払いをかけてきて、俺は派手にすっ転ぶ。
「ッ、」
背中を地面に打ち付け、その衝撃が腹の傷に響く。
声はなんとか抑えたが激痛に息がつまった。
男の首に巻かれた包帯をみて思い出した。こいつは以前、俺の後をつけてきて返り討ちにした男だ。
くそ、俺がボサッと馬車なんて見ていたせいだ。
いつもならもっと警戒していたはずなのに。
「こんな時間に外に出て歩くなんて、逢引か?」
男は汚い笑みをうかべながら、俺の腹を踏みつけた。
「ぐッあ、あ!」
さっきの痛みに追い討ちをかけるような激痛に、俺は悲鳴をあげた。脂汗がどっと噴き出て、耐えきれず地面を引っ掻く。
男は俺がそんなに痛がると思っていなかったのか、驚いて足をあげる。その瞬間、俺はろくに狙いも付けずに持っていたナイフをぶん投げた。
真っ直ぐ飛んでいったナイフは勢いよく男の肩に刺さり、そして、落ちた。
……え?
カランと音を立てて、ナイフが地面に転がる。
俺は言葉を失う。そして男の方も、自分の肩と地面に落ちたナイフを見比べている。見間違いでなければ、ナイフはあいつの肩に刺さったはずだ。
男が恐る恐るナイフを拾い上げる。
そしてなにかを悟ったのか、ニヤッと笑った。
「なんだ、マジックショーに行く途中だったのか」
「は……、」
男が柄を持って自分の掌に刃を突き立てようとする。しかしその瞬間刃の部分が引っ込み、刺さるどころか傷一つ付けられない、ただのおもちゃのナイフだ。
「は……はあ!?」
我慢しきれず、素っ頓狂な声が漏れた。
な、なんだ、あんなの子供騙しのナイフじゃねえか!ラルスはそんなの持たせて、見張りをさせたのか!?いや、それより、なんでおもちゃだって気付かなかったんだ、俺は!クソったれ!!
暗くなかったらすぐに気付けたはずだったのに、まんまと本物のナイフだと騙された自分が情けないし、恥ずかしい。
クソ、クソ……!
俺は足を跳ね、男の下顎を蹴り上げた。その勢いのまま後転して立ち上がったのはいいものの、未だズキズキと傷が痛んで足元がふらつく。
男は呻き声をあげてよろめいている。このまま蹴っ飛ばしてやってもよかったが逃げることを優先して、フラフラしながら駆け出そうとしたそのとき、馬車の陰からもう一人茶色い髪をした男が現れた。
「な……ッ、」
一瞬して男に頭を掴まれ、凄まじい力で地面に叩きつけられて目の前がチカチカするほどの衝撃。
追い討ちをかけるように今度は腹を蹴られて、身体をくの字に曲げる。痛みと同時に、込み上げてくる吐き気を必死に飲み下した。
身体中が痛くて堪らない。むしろ意識を失った方が楽なんじゃないかと思うくらいだ。
男が顎を摩りながら、血の混じった唾を吐き出した。
「いってえな……口の中、噛んじまったじゃねぇか」
「こいつ、どうする?」
「縛って馬車の中に放り込んでおけ。赤毛は高く売れるぞ」
「物好きもいるんだなあ」と茶髪の男は俺のことを冷ややかに見下ろしたあと、俺のコートを掴んで引きずっていく。
逃れようと暴れるが、容赦なく頰を殴られる。
それでもジタバタ手足を動かすと、両手を男二人に掴まれ、乱暴に馬車の中に放り込まれた。
そこで、俺は唖然とした。
馬車の中は真っ暗だったが、その暗闇の中、俺のことを見ている目が複数。
……通りで大きな馬車だと思った。
俺の他に四人、手足を縛られ、口を塞がれた状態で乗せられていた。
四人は皆若く、一人はまだ10歳くらいの少女だ。相当殴られたのか、頰が腫れて目は充血していた。
なんてことだ。こんな子供まで……!
一気に頭に血が上り、俺は床を蹴っていた。
その反動に馬車が大きく揺れ、まだ外にいた男らが驚愕の表情をうかべる。
俺は痛む身体を鞭打ち、握り締めた拳で茶髪の男の顔面を殴り飛ばす。
俺はもう動けないとばかりに油断していた男の身体は容易に吹っ飛び、俺はその男に馬乗りになると、意識を狩り取ろうと拳を振り上げる。
「そっ、そこまでだ!」
震える声が響き、拳を茶髪の男の鼻先で停止させる。
俺はゆっくりと振り返る。冷え切った目で見れば、もう一人の男が少女の首筋にナイフを突きつけていた。
「動くな……こ、こいつを殺すぞ!」
……とことん、性根が腐ってやがる。
怒りが頂点に達し、それを抑えつけようとフーッと息を吐き出す。
俺は暫し男のことを睨んでいたが、やむ終えず拳を下ろす。その瞬間茶髪の男に殴られ、俺は硬い地面に頭を打ち付けた。
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