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傷
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目を開けると、俺は床にうつ伏せにされていた。
取り敢えず身体を起こそうとしたが、両手首は後ろ手に縛られているし、足も拘束されていて、上半身を起こすことすら出来ない。
縛られて馬車に放り込まれた記憶がないから、もしかしたら少しの間気を失っていたのかもしれない。
「静かにしろ」
ハッとして顔を上げると、あの男が少女の首元にナイフを突きつけた状態のまま俺の横に座っていた。
まだ幼い少女は鼻水やら涙やらで顔をぐちゃぐちゃにして、すがるような目で俺のことを見てくる。「お願いだからなにもしないで」と、俺に訴えかけてきているようだった。
……俺がもっとちゃんとしていれば。
今更後悔しても遅いのは分かっているが、やはり呑気に馬車なんて見ていた自分をぶん殴ってやりたい。
人でも殺せそうな目つきで、男のことを睨みつける。しかし男はフンと鼻を鳴らしただけだった。
せいぜい油断していろ。絶対にお前の間抜け面をぶん殴ってやる。
勿論、俺はこの状況を打破する気でいた。
その方法は模索中だが、このまま子供たちを放っておくわけにはいかない。
俺はそろりと周囲を見渡して、改めて拘束されている子供らを確認する。
唯一の男の子は壁に寄りかかってボーッとしているがこの中では一番年齢が高そうだ。とは言っても、17か18くらいで、表情には覇気がない。
その子に寄り添って、12、13くらいの少女はグズグズと鼻を鳴らしていた。少し顔立ちが男の子に似ているから、もしかしたら兄妹かもしれない。
その二人から少し離れて、10歳くらいの少女は、眉間に皺を寄せて、きゅっと唇を結んでいる。その頰には痛々しい青あざがある。
そして、俺のせいで未だナイフを突きつけられている少女。
どの子もお世辞にも身なりがいいとは言えなかった。ズボンの膝の部分が破れていたり、色褪せた服を着ていた。
親に売られたか、それとも、親がいなくて貧しい子供を攫ってきたか……このまま連れていかれれば、身包み剥がされて競売にかけられる。それから金だけ持っているようなクソ野郎共に売り飛ばされ、死ぬまで弄ばれるだろう。
くそったれ。反吐がでる。
人質なんて取られていなきゃ、唾の一つでも吐いてやるのに。
馬車はすでに走り出していたようで、リズムよく馬の走る音と、その振動が身体を小刻みに揺らす。どこを走っているのか分からないが、いずれはチャンスが訪れると信じた。
俺は耳を澄ませてそのときを待っていたが……、チャンスは思いがけずすぐに訪れた。
「あーそこの馬車、ちょっと止まって」
突如聞こえてきた声に身体を強張らせた。
「おお、遅くまでご苦労さん」
ゆっくり馬車が止まり、俺をぶん殴った茶髪の髪の男の声が聞こえる。
「こんな夜遅くにどこへ?」
「隣街まで。仕事の都合で急に隣街へ引っ越さなければいけなくなってね。明日から、仕事なんだ」
嘘つけ……と俺はこっそり舌打ちを零しながら、聞き耳を立てて男の話し相手を探る。
「やめておきな。この森を抜けるには、昼間でも危険なんだ……狼に喰われちまうぞ!」
それを聞いて、まだ街を出ていないと気付く。
俺が気絶していたのは本当に少しだけだったんだ。
恐らく話し相手は門を見張る猟師か門番だろう。隣街に行くまでには森を抜けなければいけないが、この人狼騒ぎの中だからと止められたのだ。
これはチャンスだった。
頼む追い返してくれ、と心の中で必死に祈る。しかし茶髪の男はなかなか折れず、むしろ笑い声さえも零している。
「狼って言ったって、あの騒動から一度も姿を現していないだろう。しかもあのときは人狼を森からおびき出してきたって話じゃないか。森を抜けることくらいなんてことはないさ」
「し、しかしだな……」
「万が一襲われたとしても、俺らの自己責任だ。俺が無理矢理ここを通って行って、襲われた。それでいいだろ?アンタは悪くない」
しかし、相手は唸り声をあげて通そうとしない。
俺は内心ほくそ笑んでいたが、痺れを切らした男が大きくため息をついた。
「なに、俺だって丸腰じゃないさ。対策はちゃんと考えている」
対策……?
まさかたかだか銃くらいでどうにかなるとでも思っているのか、こいつらは。
俺は思わず鼻で笑ってしまった。
こいつらはキオンの力を知らないのだろう。そこら辺の盗賊にはどうにかなるかもしれないが、キオンに銃なんて効かない。
「……なにを笑ってやがる、錆びつき野郎」
「あ?」
少女の首元にナイフを突きつけて黙っていた男が低い声を漏らし、俺のことを睨みつけてくる。
錆びつきとは、俺の髪のことを指してるのか?
その唇噛みちぎるぞこの野郎。
俺がまたフンと鼻を鳴らすと、男が少女の身体を突き飛ばし、乱暴に俺の胸元を掴み上げてきた。
俺は顔を顰める。その臭い息がかかるくらい近くまで顔を寄せてきたからだ。
「お前みたいな生意気なガキ、金にならなきゃ狼の餌にでもしてやるのに」
「お前は不味そうだから狼だって腹を下すだろうよ」
「ッの、クソガキ……!」
男が拳を振り上げ、再び殴られると身構えたが、それよりも早く再び馬車が動き出す。
……くそ、折れたか?いや、金でも渡したのか……。
どちらにしろ、森を抜けることになったらしい。
俺が舌打ちを零すと、男は俺の身体を突き放した。
「……まあいい。せいぜい優しいご主人様にでも買ってもらうんだな。お前、どうせこの街にはいられねえんだからよ」
俺は、目を大きく見開いた。
この街にいられないとはどういう……、
「おい、どういう意味だ?」
「そのままの意味だ、錆びつき野郎。自分の言動を思い返してみろ。お前は、なんだ?」
「な、なんだって……」
男が目を細める。
「お前はレストランであの人狼のことを庇ったらしいじゃないか」
ハッとした。
「街中で噂になっているぞ。「赤毛はやっぱり不吉なことを起こす」ってな。中にはお前が人狼と結託して街の住人を皆殺しにしようとしてるんじゃないかって考えてる奴だっている。まあ、今回お前が怪我をしたことによって、その疑いが少しは晴れたみたいだが、まだまだお前を疑ってる輩もいるってわけだ」
「……お前が、人間の味方なのか。それとも、人狼の味方なのかってな」
『お前と人狼の間でなにかあったんじゃないかと疑っている者もいてな』
ラルスが言っていたのは、本当だったのだ。
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