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傷
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そんなつもりなんて、なかったのに。だが、周りの人間から見ればそう見えてもおかしくなかっただろう。
俺はただ本当のことを知りたくて、それをキオンから聞き出すために……、
なら、真実を知った今、俺はどうしてキオンに会いに行こうとした?
なんて、ちぐはぐなんだろう、俺は。
「なあ、どっちなんだ?お前は」
「脅された」
「だから俺は人の味方」
そう、ラルスに聞かれたときと同じように答えれば良かったのに、なぜかそのときはそう言うのを迷ってしまった。
「……まあ、どっちでもいいがな。お前と会うことなんてもう二度とないだろうし、俺は赤毛が嫌いだからな。気持ち悪りぃ」
男は乾いた笑いをこぼした。
いつもの俺なら、この男の顔面に頭突きを食らわせてやっていただろう。でも、なぜか今は出来なかった。
それは男がその腹いせに他の子供を傷付けるかもしれないからとか、また殴られるからという恐れからではない。
……なにを今更、気にすることがある。
気持ち悪い、赤錆、魔女の子、そんなの腐る程言われてきたから慣れたはずなのに。
『お前の髪は、本当に綺麗だな』
こんなことを言われたせいだ。
なぜ、俺の髪を綺麗だと言った?
悲しくないなんて嘘だ。悲しくて堪らない。
息ができないくらい、苦しい。
男がギョッとする。
「お、おい、お前、なんで泣いて、」
その瞬間まるで男の声をかき消すように、大きく馬車が揺れた。
あまりにも大きな揺れに子供らが悲鳴をあげる。男は床を蹴っ飛ばして「黙れ!」と怒鳴り散らした。
「石でも踏んだのか?ったく、気をつけろよ」
男はぶつくさと文句を言っているが、俺は石を踏んだのではないと直感していた。
だって、揺れたのは下じゃない。頭上だ。まるで、馬車の屋根になにかが落ちてきたような……、
外から茶髪の男の慌てる声と馬の鳴き声が聞こえる。
どうやら馬が勝手に止まったらしく、どれだけ進めと言っても言うことを聞かないらしい。
「おい、なにしている!さっさと動かせッ!」
男が泣きじゃくる少女の髪を掴みながら、声を張り上げた。
しかしついさっきまで声が聞こえていたはずなのに、いくら待っても返事がない。相変わらず馬の落ち着きのない鳴き声は聞こえるが、それ以外はなにも聞こえない。
様子が、おかしい。
この馬の鳴き声、まるでなにかに怯えているようじゃないか。
「……おい、どうした?」
さすがに男も怪しんで、少女を引きずりながら扉を開けた。
ぼんやりとした月明かりが周囲を照らしているだけでなんとも心細い。
男が何度も名前を呼んでいるようだが、全く返事がない。男は仕方なしに馬車を降りたものの、一人では怖かったのか、少女を先に歩かせて、その後ろをついていくような形で馬車の前へと回り込む。
さっきまでの威勢はどこに行きやがった……と俺は呆れたが、これはチャンスだ。
床に転がっていたナイフを後ろ手に取り、少年に目配せをする。少年は一度開けられた扉の方を見遣ったあと、素早く俺に背を向けた。
俺は少年と背中合わせになり、少年の手首を切らないよう慎重にロープを切っていく。
すぐにブツッと音を立ててロープが切れた。少年は俺の手からナイフを取ると、今度は俺の手首のロープを切ってくれた。
「ありがとう」と小さく礼を述べたあと、他の少女らのロープは少年に任せ、俺は足を拘束していたロープを取って、なるべく足音を出さぬよう、ゆっくり扉に近付く。
男はまだ茶髪の男の名を呼んでいた。しかし、突如として男の声が悲鳴へと変わった。
背筋がゾワッとする。
俺は馬車を飛び出し、声のする方向へと駆け出す。
「やめろこっちに来るなッ!!」
男はひどく怯えた顔で、両手で空中を払う仕草を見せる。何事かと男の目線を追うと、そこに、いた。
俺はそれを見た瞬間、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような息苦しさに襲われた。
乾燥した唇の隙間から声が漏れる。
「……キ、オン……」
灰色の毛に覆われて狼の腕へと変幻しているその右手には、ぐったりとして意識のない茶髪の男の髪を掴んでいた。
しかし顔はキオンのままだったからすぐに分かった。キオンの琥珀色の目が月明かりに照らされて、ギラギラと光っている。
「お、お前、お前があいつを呼びやがったな!!」
「っえ、はあ!?」
男は俺の両肩を掴んで強く揺さぶってきた。
「やっぱり赤毛は、不幸を招くんだ……!あいつと結託して、俺たちを皆殺しにしようとしてるんだッ!」
そんな……!
「ち、ちが、そんなわけ、」
「今までだってこうやって森を通ってきたのに、お前が乗っていたときだけあいつが現れるなんて、どう考えたっておかしいだろッ!この化け物め!!」
男は俺の身体を突き飛ばし、地面にへたり込んでいた少女の腕を掴んで無理矢理立たせる。そしてあろうかとか、キオンに向かって少女を蹴っと飛ばすと、自分は一目散に逃げ出した。
それを見て、俺は茶髪の男が門番に言っていた言葉を思い出す。
そうか。もし、狼が現れたらこの子たちを餌にして、自分たちは逃げるつもりだったのか。
「……化け物はどっちだよ」
いつか、キオンは人間が愚かだと言った。
本当にその通りだ。
クソすぎて涙も出ない。
キオンは倒れた少女には目もくれず、猛スピードで走り出した。
俺の背後で男の悲鳴が聞こえる。
泣き叫んで助けを呼んでいるが、やがてその声も聞こえなくなくなった。
殺したかもしれない。
でも俺は、なんとも思わなかった。
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