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温もり
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パキッと枝を踏んだ音が聞こえてようやく顔を上げると、目の前にキオンがいて、俺のことを見下ろしていた。ひどく無表情だったがなぜか俺の顔を見た瞬間、その顔は強張った。
「レイ」
久し振りに聞いたキオンの声が、ゆっくりと俺の中へ染み渡っていく。
キオンはしゃがみ込むと、おもむろに俺の顔へと手を伸ばし、俺の目元を親指で拭った。
「どうして、泣いている……?」
言われて初めて泣いていることに気付いた。
「なんでもない」「気のせいだ」なにか言おうとしたが、声にならなかった。
だって、なんでもなくないし、気のせいでもなかったからだ。
キオンの指が涙を拭ってくれたものの、拭いきれずにポロリと雫が零れる。
キオンは少し迷った素振りを見せたあと、なにも言わずに俺の身体を抱き締めた。
俺は、確かにこの瞬間、キオンから人の温かみを感じ取った。
おかしなものだ。
俺を化け物だとか、魔女の子だとか言うのが人間で、化け物だと言われる人狼が、俺のことを抱き締めている。俺の髪を綺麗だと言う。
そして俺も、この体温に安堵している。
すぐに涙は止まった。
そのあと、少年と少女らを山の麓まで送った。
俺もその子たちと一緒に戻ることも出来たが、そうはしなかった。
……ごめん、ラルス。
俺はお前に迷惑をかけてばかりだ。
だけど。俺は今、街に戻りたくない。いや、戻れないだろう。
もし本当に俺がキオンと結託して、という考え方をしている人間がいるなるば、俺の肩を持っているラルスにも迷惑がかかる。それは嫌だ。
「怒っているか?その……傷のこと」
キオンは前を向いたまま、不意にポツリと呟いた。
俺はその後ろを少し離れてついて行っていたが、その声はちゃんと聞こえていた。
そりゃ最初は……だけど、今は違う。
「……ううん」
「お前を傷物にしちまったんだぞ。恨まれて当然なことをしちまったのに」
「怒ってもいないし、恨んでもいない」
多くは語らなかったが、ようやくキオンの考えていたことがなんとなく分かったのだ。
「キオン、」
俺がキオンのことを呼び止めようとしたとき、不意に視界が開けた。
「あ……」
俺はこの場所を知っている。前にもキオンに連れてきてもらったところ。
母さんの好きだった花畑。
「レイ」
キオンが振り返り、掌を差し出してくる。
「なんで、ここに……?」
「いいから、こっちに来い」
恐る恐るキオンの掌に手を重ねると、力強く握られ、そのまま引っ張られて花畑へと踏み込む。
前に来たときに踏んでも大丈夫だと教えてもらっていたものの、やっぱり躊躇して、無意識のうちに爪先立ちになる。
それを見て、クスッとキオンは笑った。
「お前みたいな人間がいるなんて知らなかった」
「えっ?」
キオンが俺の腕を強く引っ張ったかと思えば、キオンの身体がぐらりと揺れた。
俺は反射的に目を瞑る……と、気付けば、仰向けに倒れたキオンの上に乗っかっていた。おまけに目と鼻の先にキオンの顔があって、思わず呼吸が止まる。
「っ、な、なにやってんだよ」
すぐに身体を起こそうとしたが、腰に回されたキオンの腕ががっちりと俺の身体を押さえつけている。そうこうしているうちに、キオンの大きな掌が俺の後ろ頭を掴み、顔をキオンの胸板に押し付けられた。
キオンの……心臓の音。
キオンの呼吸に合わせて、俺の身体もゆっくりと上下に揺れる。
そして、キオンの体温。
人と変わらない。
キオンは俺の頭を撫でながら呟いた。
「……ごめんな」
急に謝罪の言葉が出てきて、俺は目を瞬かせる。
「なんだ、また腹の傷のこと言ってんのか?それはもう怒っていないって」
「そのことじゃない」
キオンの口調がほんの少し厳しくなる。
「俺に関われば、お前が他の人間にどう思われるか簡単に予想出来たのに……なのに、俺は、自分の気持ちだけをお前に押し付けようとしていた。今だって俺は自分勝手だ。お前を抱き締めたい。だからこうやって抱き締めている」
俺の身体を抱くキオンの腕の力がほんの少し強まる。
「俺はどう接していいのか分かんねえんだ。だから、ただの戯言にしか聞こえんかもしれないから笑ってくれ。俺は、お前を守りたいんだ……」
それを聞いて、俺は確信をもった。
「……だから俺に攻撃してきたんだな」
周りの人間に俺がキオンの仲間だと思われないようにするため、そして、俺がもうキオンに近付かないようにするため。
まあ……もう少し違う方法はなかったのかと思わなくはないが、キオンなりに考えた結果なのだと思う。
だって人攫いから俺を助けてくれたのはキオンだ。守りたいというキオンの言葉に嘘はない。
「……これが、最後だ。最後だから……」
「レイ」と、耳を済まさなければ聞き逃してしまうのではないかというくらい、キオンは小さな声で俺の名前を呼んだ。
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