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温もり
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名前なんて何回も呼ばれたことがあったはずなのに、なぜか今キオンに名前を呼ばれた瞬間、ぎゅうっと胸が締め付けられるような苦しさに襲われた。
……そんな、寂しそうにしないでくれ。
「っレ、レイ?」
キオンの声が裏返った。
かなりびっくりしているようで、キオンの身体がかちんこちんに強張っている。
「どどど、どっ、どうしたっ?」
「……お前が、最後だって言うから」
俺は、キオンの身体をぎゅうっと抱き締めていた。
理由はキオンと同じ。抱き締めたいから、抱き締めている。ただそれだけだ。
そう思ったが、胸に突っかかりを覚える。
ゆっくりと顔を上げると、むず痒そうな、なんとも複雑そうな顔をしているキオンと視線がかち合った。
離れ、たくない。
すとんっ。
俺の中に、そんな感情が落ちてきた。
今まで、一度だって他人にこんな感情を覚えたことがなかった。
なのに、どうして俺はそんなことを思うんだろう。
これで最後なんて、嫌だと。
……そして俺は気付いた。
俺は慌てて立ち上がった。
キオンが目を瞬かせ、驚いた表情で俺のことを見上げている。
「レ、レイ?」
「……さっきのはナシ。忘れてくれ」
「ああ?」
キオンも上半身を起こしたのを見て思わず後退する。しかし座ったままキオンが手を伸ばし、俺の手首を掴んだ。
「どうした?」
「なんでもない」
「そんな風には見えない」
月明かりに照らされて光る琥珀色の瞳が、まっすぐ俺のことを見つめてくる。
俺の髪なんかよりもずっとずっと綺麗なキオンの目。その目に見つめられると、なんでも言ってしまいそうな感覚に陥って慌てて顔を逸らす。
しかしそれも気に入らなかったようで、キオンの口調が強くなる。
「おい。なんで目ぇ逸らした」
「なんでもない」と言うと、また「そうは見えない」と先ほどのやり取りを繰り返し、キオンが舌打ちを零した。
「っ言いたいことあんなら言え!!てめえの喉笛に噛み付いて、強制的に口割らせてもいいんだぞ!」
「……そんなこと、しないくせに」
そう言うと、キオンは顔を顰める。
「お、俺は、狼だぞ。鋭い牙だってあるんだ。出来ねえわけじゃ、」
「誰一人猟師のことを殺してないくせに」
「それはわざと手ぇ抜いたからで!」
……分かってる。
俺はくしゃりと顔を歪めた。
キオンは優しい人ではないかもしれない。だが、キオンが自分で思っているほど、酷い人でもない。
「殺せるとか、殺さないとかじゃない……キオンは、そういうことをしない人だ」
キオンの息を飲む音が、聞こえた。
しかし次の瞬間にはキオンは顔をそっぽに向けて「俺は人じゃない」と呟いた。
「レイが知らないだけで、人を殺したことがある。それも一人や二人じゃねえ。お前だって知ってるだろ?俺は満月になると理性が吹っ飛んじまう……俺は、人じゃねえ……狼、だ」
それを聞いた途端、俺はキオンの手を振り払った。
「ならどうして俺のことを好きになんてなった!?このクソ、狼なら、人なんか……俺のことなんか好きになるんじゃねえよ殺すぞッ!!」
俺は汚い言葉をキオンに浴びせた。
言われたキオンは驚いているのか、ポカンとした顔で俺のことを見上げているが、俺は余計その顔に苛立ってしまい、もう言葉が止まらなかった。
「このクソ野郎が、狼なら狼らしくしてろ!リンゴをうさぎみたいに切るな!デカい図体のくせに、なんで器用なんだよ死ね!女々しく母さんのイヤリングなんて取っておくんじゃねえ!!それから、てめえに犯されたこと一生根にもってやる……!それから、それから……ッ」
俺は手を強く握りしめ、自分の掌に爪を立てた。
「俺の髪が綺麗なんて、言わないでくれ……」
声が、掠れてしまった。
それと同時にムカつきすぎて涙も出てきてしまった。
でも、涙で目の前が霞んでいるから、キオンの顔が見えなくていい。
「他人にそんなこと言われたことなかった。だから、その言葉で勘違いするから……」
キオンは立ち上がると、俺の肩に手を伸ばしてくる。
反射的にそれを避けようと後退したが、キオンの大きな一歩で距離を詰められ、俺を抱き締めた。
やっぱりこの体温は心地いい。
拒んだくせに、そう思ってしまう自分が忌々しい。
思いっきりキオンの胸元を殴る。しかし離すどころかキオンの腕の力は強まり、俺の顔を硬い胸板に押し付けてくる。
「ッおいてめえ!苦しいっつの!!」
「うるせえ黙ってろ」
キオンは身体を離してくれなかった。
しかし息苦しさに身の危険すらも感じた俺は、一生懸命キオンの身体を押しやり、なんとか顔を上に向けることに成功した。
ぷはっと息を吐き出し、なんとか新鮮な空気を肺の中に取り込む。そのときキオンの顔が見えて、また息が止まりそうになった。
キオンがとても穏やかな顔をして、俺のことを真っ直ぐに見下ろしていた。
「勘違いって、なにを勘違いするんだ?」
「あ?」
その顔に見惚れていたせいで少し反応が遅れる。
「レイの髪が綺麗なのは本当だ。勘違いじゃねえ」
キオンは俺の耳元で囁いた。
普段から低い声をより一層低く、その息が耳に当たって身体が震えた。慌てて顔を逸らしたが、キオンは追いかけてきて、ちゅっと俺の頰にキスをした。
「ッやめろ」
「じゃあ教えろ。なにを勘違いするって?」
その問いかけにすんなり答えられるわけもなく、押し黙る。
少しの沈黙ののち、キオンは緩々と首を傾けた。
「……なんだレイ、だんまりか?そんなに言いたくねえのか?」
言いたくない。
言ったら笑われそうだし、なにより俺が死ぬ。……色んな意味で。
俺が小さく頷くと、俺を抱き締めるキオンの腕から力が抜ける。かと思えば、また俺の頰にキスしてきた。
「言いたくねえなら別にいいけど、言わないんだったらちゅうする」
「はあっ?」
なんだそれは。
俺が呆れているうちに、キオンは何回も唇を落としてきた。それは頰に触れるだけのキスだったが、何回もされるとくすぐったくて身体をよじらせる。
「や、やめろ、気持ち悪い!」
「キスくらいでそんなに騒ぐなよ」
「ッ!」
息を飲む。キオンが大きな掌で俺の尻を揉んだからである。
背筋がゾクゾクしたのと同時に、顔に熱が帯びたのを感じた。
キオンは俺のその反応を見て気を良くしたのか、鼻先を俺の頰に押し付けてきた。
「髪みたいに顔真っ赤にして……ほんと反応が童貞くさくて可愛いな、レイ」
「……鼻噛みちぎるぞ」
「そりゃこっちの台詞だ。こんなところで犯されたくなかったらさっさと答えな」
やりかねない……この男ならば。
今までキオンにされてきたことを思い返せば、十分過ぎる脅しである。
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